アートの本づくりの現場から
美術・建築・デザイン書などを中心に扱うドイツの出版社 TASCHEN(タッシェン)が、「TASCHENの本づくり」をテーマにトークショーを開催。(2025年5月23日、21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3(東京都港区、東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン))
数々の著名なアートブックを手掛ける同社のエグゼクティブ・エディター(編集長) Dr. Petra Lamers-Schuetze(ペトラ・ラマーズ=シュッツェ)をスピーカーに迎えた。
「SUMO」ブック(超大型のアートブック)を知っていますか?
アートブック界のリーディングカンパニーとして、建築、アート、ファッション、写真、ポップカルチャー、トラベルなど多岐にわたる本を出版してきた TASCHEN(タッシェン)。
典型的なベーシック・アート・シリーズから、SUMO サイズ(超大型サイズ)のアートブックまで、幅広いタイプの本を美しくかつユニークに、デザインし、パッケージしているのが TASCHEN の特徴。 現在、多数のタイトルを有し、多数の言語で出版されている。
「SUMO」(スモウ)サイズとは、超大型サイズ(見開き1メートル強)の TASCHEN のアートブックの名称。著名なクリエイターとのコラボレーションにより制作されたブックスタンドが付随するなど、クリエイティブに富んだこのアートブックは、言わば TASCHEN のアイコン。
TASCHEN(タッシェン)は、1980 年にドイツ、ケルンの小さなコミック・ブックストアとしてBenedikt Taschen (ベネディクト・タッシェン)が創業した出版社。現在、ケルンとロサンゼルスに本社を置き、アートブックに特化して、ビバリーヒルズ、パリ、ロンドン、マドリッド、ベルリン、ミラノ、香港など世界で11 店舗の直営店を運営している。
現在、Benedikt Taschen と娘の Marlene Taschen が、共同で同社のCEOを務めている。
現代アートの巨匠 David Hockney のSUMOブック
例えば、現代美術作家 David Hockney(デヴィッド・ホックニー)の「SUMO」ブック「David Hockney. A Bigger Book」は、判型50 x 70 cmという驚きの大きな(SUMO)サイズに驚かされる。
約500ページのこのアートブックには、450点を超える作品が網羅されており、David Hockney のサイン入りアート・エディション版を含む限定10,000部というコレクターズ・エディション。
ホックニーのアート・エディション版には、さらに680ページの図解入り年表や、Marc Newson(マーク・ニューソン)のデザインによるブックスタンドも付いて5,500ドルという豪華版。
細部に至るまでTASCHENのクリエイティブへのこだわりが貫かれた一冊だ。アートブック自体がTASCHENの創作ともいえる、コレクターズ・アイテムに仕上がっている。
現代美術作家と二人三脚で制作する、こだわりのあるアートブック
現代美術作家 David Hockney(デヴィッド・ホックニー)の惜しみない協力を得て制作されたこのアートブックには、どのような背景があったのだろうか。Dr. Schuetze は、トークショーで次のように明かしてくれた。
「TASCHENの創業者でCEOの Benedikt Taschen は、David Hockney とは長年の友人で、二人ともロサンゼルスに住んでいました。
Benedikt に出版の話を持ち掛けられると、David は「これは大変な作業だし、どんな感じにしたらいいかな」と悩んでいるようでしたが、ある時「やってみよう」と決心をしてくれました。
以降、彼は、私たちと取り組んだ3つの書籍のプロジェクトすべてに深く関わってくれました。
David は、どの絵画の図版を折り込みページにするか、また、図版の色の再現性にはかなりこだわりをもち、色の修正を頻繁に行いました。
「このスペシャルなアート・エディションには、David Hockney のサインの入った特別なプリントや、Marc Newson がデザインした特製のブックスタンドも付き、結果、素晴らしい本に仕上がりました。」
大型本のはじまりは、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」から
今でこそ「SUMO」サイズの大きな判型まであるTASCHENのアートブック。
初めての大型本(XLモノグラフ)に着手したのは、レオナルド・ダ・ヴィンチに特化したアートブック「Leonardo」だという。この本の編集にも携わっていた Dr. Schuetzeは、当時のことを回想して、次のように語った。
「大型(XLモノグラフ)のシリーズの最初の巻はレオナルド・ダ・ヴィンチに捧げられています。
表紙は人差し指で、裏表紙はダヴィンチの自画像というインパクトのあるアートブックです。レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯と作品を網羅した比類なき概説書というコンセプトで、大型本として作業は進められました。」(現在では、XXLモノグラフという29 x 39.5 cmの判型で出版されている。総712ページには、ダ・ヴィンチの700ものドローイングを収録。)
「ある時、Benedikt Taschen は私に、この大型のレオナルドの本を買う人は何故この本を買うのだろうか、と尋ねました。この新しいシリーズは、以前からそのコンセプトを話し合っていたので、この質問には本当に驚きました。
Benedikt は、内容だけでなく、視覚的にもこれまでのすべての出版物とは差別化する必要があると主張し、当時としては非常に珍しい、大きさ44cmのフォーマットを選択しました。
この問いかけにより、本づくりについて考えさせられましたし、それ以来、何を変える必要があるか、どう違うのか、そして何が起こるのかを考えて、先へ進むようになりました。
この本は当時 $150という、アートブックとしては、高価な価格帯で販売する予定でした。正直なところ、売れるかどうかは不安でしたが、わずか数か月で版が完売。ご存知のように、それ以来多くの本がこの大型の形式で出版され、新刊も多数計画されています。」
TASCHENの使命「美しいデザインのアートブックを、手ごろな価格で」
TASCHEN(タッシェン)の魅力は、大型サイズの高額のアートブックだけではない。
TASCHENは、価格が $20程度の廉価な画集のシリーズも出版している。1冊につき1人の画家に特化した、タッシェン・ベーシック・アート・シリーズ(TASCHEN Basic Art)は、その一例だ。
ミケランジェロのような古代の作家から、Lucian Freud(ルシアン・フロイド)などの現代美術作家まで幅広く出版されている。他に、フランク・ロイド・ライトなど世界的に著名な建築家とその作品を扱った、タッシェン・ベーシック・アーキテクチャー・シリーズ(TASCHEN Basic Architecture)もある。
Dr. Schuetze は、TASCHEN(タッシェン)が掲げる使命は、「革新的で美しいデザインの美術書を、手ごろな価格で提供」することであると語る。
最後に、電子書籍に関して
Dr. Schuetze は、電子書籍の出版に関して、TASCHENの取り組みを次のように語る。
「TASCHENでは電子書籍の出版を試みて、何年間か取り組みました。たくさんのタイトルの本がありますので、ベーシックから始めてみました。
電子版では書籍から生成されるPDFだけでなく、インタラクティブなものにしたいと思い、建築書、美術書、デザイン書と、異なるデザイナーを起用しました。」
「デジタル画像が溢れる世界で本が成功するには、どのような特性を持つ必要があるのかを、私たちは考えました。どうすれば本を通して読者にインスピレーションを与え続けられるでしょうか?
結局のところ、本は私たちの様々な感覚に訴えかけるものです。印刷されたばかりの紙の香りは独特です。さらには芸術的なアートブックは、視覚的な喜びだけでなく、さまざまな喜びを与えてくれます 私たちの分野の書籍は常に重要であり、需要があると確信しています。」と彼女は締めくくった。
美術に造詣の深い女性エグゼクティブ・エディター
ヨーロッパの美術史、考古学、文学に精通する Dr. Schuetze 。彼女は、TASCHENに参画する以前には、ヨーロッパの美術館での展覧会の業務にも関与していた。
TASCHENに参画して以降、彼女は一貫してアートブックの編集に携わり、古典からモダニズムまでの美術プログラムを統括するとともに、中世から19世紀までの書物愛好家向けの作品の再編集で名高い「Classics」シリーズを設立し、著名な出版物には、レオナルド、ミケランジェロ、ラファエロ、ブリューゲル、ボス、カラヴァッジョ、フェルメール、クリムト、シーレなどがある。
TASCHENの斬新なクリエイティブ、多様性や革新性を編集の側面から支えているのは、美術に造詣が深く、知性に裏打ちされた女性のエグゼクティブ・エディターであった。
アイディアに充ちたクリエイティブなアートブック、スタイリッシュな直営店に自社の製本工場と最高レベルのアートブックを世に送り出すTASCHEN。
電子書籍が主流になったとしても、TASCHEN らしい革新的な「デジタル」アートブックの世界が今後も展開していくことを期待したい。(APT)
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