EXHIBITION ARTIST HIROSHI SUGIMOTO: EXTINCTION 2026.07.12
「杉本博司 絶滅写真」展示風景 東京国立近代美術館 ©Sugimoto Studio

現代美術作家 杉本博司(1948年、東京生まれ)の回顧展「杉本博司 絶滅写真」が東京国立近代美術館 1F 企画展
ギャラリー(東京都、千代田区)で開催。(会期は9月13日まで)

杉本は、1970年代半ばに〈ジオラマ〉シリーズを制作。続く〈劇場〉〈海景〉の初期三部作のシリーズで、コンセプチュアルな写真作品として、早くから国際的な評価を確立。

本展は、杉本の創作活動の中核となる銀塩写真の作品にフォーカスを当て、初期から最新作までの約60点の作品を展示。美術館での写真を中心とした大規模個展は、国内では2005年に森美術館で開催した「杉本博司:時間の終わり」以来、21年ぶり。

「絶滅」について
本展のタイトルについて、企画の初期段階から「絶滅」というキーワードが作家から提示されていたとのこと。

「絶滅」にはいくつかの意味が込められているようだ。
杉本が使用してきた「銀塩写真」という写真の技法が終わりつつあること。
急速なデジタル化により、「人類文明の絶滅」につながるかもしれないこと。

本展は、「絶滅」を軸として、3章の構成により、杉本のキャリアを通して貫いた世界観が展開されている。

APTでは、杉本が現代美術作家を目指した背景や、現代美術に新たに写真作品のカテゴリーを加えることに成功した過程とともに、新作も加わった初期の主要な三部作〈ジオラマ〉〈劇場〉〈海景〉(本展1章)にフォーカスし、作品の魅力を紹介する。

「杉本博司 絶滅写真」展示風景 東京国立近代美術館 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
「杉本博司 絶滅写真」展示風景 東京国立近代美術館 ©Sugimoto Studio

浅田彰の杉本評
6月20日、本展にあわせ、杉本博司と、浅田彰(京都芸術大学教授・批評家)の対談形式による、開催記念特別講演会「絶滅について」が開催された。

浅田は、21年前の森美術館での杉本の展覧会「時間の終わり」開催時の批評において、
「写真の終わり、杉本博司、時間の終わりの箱舟」という、銀塩写真の「絶滅」とその写真史において
杉本が最高の幕引き役となるであろうとの評を述べていた。

「写真作品というよりは、写真を使ったコンセプチュアル・アート作品を出してこられた時に「これはすごい」と思った。」と浅田は語る。

浅田は、初期の三部作で「ほぼ完璧」と杉本の写真作品を絶賛。
現代美術界に写真作品をもって参入し、その完成度により新分野を切り開いた杉本。

「もう言うこともない崇高なものを見せておいて、「なんちゃって」っていうのをちょっと最後につけてるところが、杉本さんらしい」と浅田。
崇高なだけでなく、そこにユーモアが加えられているところに杉本作品の凄さがあることを喝破したのだ。

「杉本博司 絶滅写真」展示風景 東京国立近代美術館 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
「杉本博司 絶滅写真」展示風景 東京国立近代美術館 ©Sugimoto Studio

技術とコンセプト
アンセル・アダムスを師とした写真技術
1970年に渡米し、ロサンゼルスの美術学校で写真技術を学んだ杉本。
写真家のアンセル・アダムスを「メンターとなるべき作家」として、彼が著した技術書を読み込み、モノクロ写真の技法を体得。杉本は、写真家としての職人気質で完璧な技量を身につけた。

デュシャンから影響を受けるコンセプト
1974年にニューヨークへ移った杉本。

当時、ニューヨークの現代美術界は、コンセプチュアル・アートが支配していた。絵画や彫刻が主流で、写真の評価は高くなかった。しかし、杉本は、その高い写真技術を武器に現代美術界に挑む。

杉本が多大な影響を受けたのは、コンセプチュアル・アートの先駆者マルセル・デュシャン。
哲学者肌のアーティスト デュシャンは、卓越した観察力とユーモア、皮肉を武器に、芸術の仕組みそのものに疑問を投げかけた作家として知られる。

杉本博司 《アビシニアコロブス》 1980年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×185.4cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
杉本博司 《アビシニアコロブス》 1980年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×185.4cm ©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

MoMAのキュレーターに見出される
アンセルス・アダムスから体得したモノクローム写真の完璧な技術力と、デュシャンから影響を受けた斬新なコンセプト力。この両輪を駆使した処女作が《白熊》(1975年)。

ニューヨークのアメリカ自然史博物館の剥製の「白熊」を、大型カメラの技法を駆使して極めて詳細にモノクロームで撮影した。後に続く〈ジオラマ〉シリーズの最初の作品だ。

MoMA(ニューヨーク近代美術館)の写真部門のキュレーター、ジョン・シャカフスキー(1962年から1991年まで写真部門ディレクター)によって買い上げられ、同館のコレクションとなる。

本展のキュレーターの増田玲(東京国立近代美術館主任)は、
「写真のクオリティを備えつつ、当時の現代美術の世界で、コンセプチュアルなもの、コンセプトの切れ味みたいな意味でも、非常に斬新な写真の使い方をした作品を創った。その両方から見て「これはすごい」と思わせた最初の一人が、杉本さんだったのではないか。」と評する。(開催記念特別講演会「絶滅について」より)

現代美術界における杉本の快挙だ。

写真作品で現代美術界へ参入できるのかを検証するため、杉本が着想した斬新で実験的な作品群だ。

「杉本博司 絶滅写真」展示風景 東京国立近代美術館 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
「杉本博司 絶滅写真」展示風景 東京国立近代美術館 ©Sugimoto Studio

1章        時間・光・記憶 〈ジオラマ〉〈劇場〉〈海景〉シリーズ
〈ジオラマ〉
片目を閉じて見た瞬間、遠近法が消失して、博物館のジオラマ展示の中の剥製の動物たちが、本物のように見えることに気づいた杉本。
「真実を写しだすとされてきた写真というメディアを使って、逆説的に、虚像を実像として提示する」というコンセプトを創出。(『杉本博司 絶滅写真』東京国立近代美術館、2026年)

杉本博司 《ポコット族》 2025年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×185.4cm ©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
杉本博司 《ポコット族》 2025年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×185.4cm ©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

ガラスで覆われたジオラマ展示には、ガラスに人が写ってしまうという課題があった。
そこで杉本は、一計を案じた。
「全体を黒い布で覆い、自身も黒い服を着て写らないように工夫した。カメラは、8×10の大型カメラを使用。光を当ててカメラの構図を決めてから、黒布のテントを張って、カメラレンズの所にだけ穴をあけて、露光20分で2回か3回撮影。」(「杉本博司」『美術手帖2014年7月号vol.66』)

1975年から撮影がスタートしたが、 許可のおりないジオラマ展示が2点あった。
2025年、50年を経てようやく撮影許可が下り、ジオラマ模型による銀塩写真での壮大な人類史が完結。

本展で初公開の3つの新作《ホモ・エレクトス》(2025)、《ポコット族》(2025)、《ムプティ・ピグミー》(2025)は、必見だ。

〈劇場〉
杉本が〈ジオラマ〉(1975-)の撮影を始めたころ、また別のアイディアが浮かびあがる。
「映画1本を写真で撮ったとせよ」と自問した杉本。彼のなかでは「光輝くスクリーン」のイメージが浮かび上がった。

杉本博司 《U.A.プレイハウス、ニューヨーク》 1978年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
杉本博司 《U.A.プレイハウス、ニューヨーク》 1978年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm ©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

早速杉本は、イースト・ヴィレッジにある映画館に赴く。
スクリーンを被写体として、映画の上映時間中、長時間露光という技法で撮影。

杉本の目論見は見事に当たり、暗い映画館のスクリーンが燦燦と輝く写真作品となった。
その後、アメリカ各地の1920年代、1930年代に建てられた劇場をめぐり、制作を重ねていった。

〈劇場〉シリーズの映画館の撮影時は、映画は見ない、という杉本。
「映画を見ると自分の瞳孔が、絞りが調整され、他のものは見えなくなってしまう。だから意図的に、カメラの横に立ってスクリーンを隠す。撮るものは絶対見てはいけないというのが鉄則。」(開催記念特別講演会「絶滅について」より)

〈海景〉
〈劇場〉で「時間の重なりを可視化」した杉本。
次に、人間の意識はどうやって発生したのか、との関心がわき上がる。

「原始人の見ていた風景を、現代人も同じように見ることは可能か」
この問いから生まれたのが「海景(海、空、水平線)」。
人間が見ることができる共通、不変の風景である海の景色を求めて、1980年から、世界中の海へ撮影に赴く。

杉本博司 《カリブ海、ジャマイカ》 1980年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
杉本博司 《カリブ海、ジャマイカ》 1980年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm ©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

9.11(2001年)以降、空港のセキュリティが強化された影響から機材を持ち込めなくなり、撮影休止となっていた。
2022年1月1日に江之浦(小田原文化財団江之浦測侯所)で撮影を再開。。
元旦は漁船が必ず休むため、撮影がさえぎられることがないそうだ。

《相模湾、江之浦》(2025年)は、本展に展示されている。

本展キュレーターの増田は、この〈海景〉で杉本は、
「太古の昔、人類の意識の始まりへと時間をさかのぼる装置として写真を用いてみせた。」と称える。
(増田玲「シリーズ解説」『杉本博司 絶滅写真』東京国立近代美術館、2026年)

また、浅田は、「杉本は「この一瞬は永遠でもあるし、永遠はこの一瞬でもある」という禅のような悟りを、非常にシンボリックに表現している。」と評す。(開催記念特別講演会「絶滅について」より)

本展は、上述した1章:時間・光・記憶〈ジオラマ〉〈劇場〉〈海景〉シリーズの他、
2章         観念の形:〈建築〉〈スタイアライズド・スカルプチャー〉〈観念の形〉
3章         絶滅写真:〈前写真、時間記憶装置〉〈肖像〉〈陰影礼賛〉〈フォトジェニック・ドローイング〉〈Opticks〉〈放電場〉
と続く。
杉本渾身の作品が連なり、圧巻だ。

杉本博司 《観念の形 0003 ディニ曲面:擬球をねじって得られる負の定曲率曲面》 2004年 ゼラチン・シルバー・プリント 149.2×119.4cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
杉本博司 《観念の形 0003 ディニ曲面:擬球をねじって得られる負の定曲率曲面》 2004年
ゼラチン・シルバー・プリント 149.2×119.4cm ©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

pro-spectiveな展覧会
本展は回顧展というスタイルだが、「決して回顧展ではない」と、増田は力説。

「retro-spective」(過去を振り返る)ではなく、「pro-spective」(先を見越す)である。
(増田玲「絶滅写真と竹橋」『杉本博司 絶滅写真』東京国立近代美術館、2026年)

前述の三部作も過去の作品だけではなく、新作が加わり、作品のコンセプトは深化し続けている。

本展の作品群には、杉本が技術の限りを尽くし、彼の思想や哲学が貫かれている。

写真をタイムマシンのように操り時間軸を超える杉本。
「絶滅」を超えた先の、未来へとつながる道標かもしれない。 (text by MK, APT)

「杉本博司 海景 江之浦|前写真、時間記録装置」|ギャラリー小柳|2026年7⽉4⽇~9⽉12⽇
本展にあわせ、江之浦測候所から撮影された〈海景〉の全作品(2022年の第1作から2026年の最新作まで)を⼀堂に展覧できる個展をギャラリー小柳で開催。すべての江之浦の海景を鑑賞する絶好の機会だ。

杉本博司 相模湾、江之浦 2026 年 銀塩写真 ©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
杉本博司 相模湾、江之浦 2026 年 銀塩写真 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

ARTIST Info.
Hiroshi SUGIMOTO

杉本博司
1948年 東京生まれ、ニューヨーク在住
主な展覧会
●「Hiroshi Sugimoto: Time Machine」ヘイワード・ギャラリー(ロンドン、2023年)/
ユーレンス現代美術センター(北京、2024年)/ シドニー現代美術館(オーストラリア、2024年)
●「SUGIMOTO VERSAILLES Surface of Revolution」トリアノン、ヴェルサイユ宮殿(フランス、2018年)
●「杉本博司 ロスト・ヒューマン」東京都写真美術館(東京、2016年)
●「ロスト・ヒューマン・ジェネティック・アーカイブ」パレ・ド・トーキョー(パリ、2014年)

OVERVIEW
「杉本博司 絶滅写真」|東京国立近代美術館 | 2026.6.16-9.13
“HIROSHI SUGIMOTO: EXTINCTION”
The National Museum of Modern Art, Tokyo

OVERVIEW
Hiroshi Sugimoto Seascapes Enoura | Pre-Photograpy Time-Recording Device|2026.7.4 – 9.12
Gallery Koyanagi

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