「人間の知覚のスペクトルの可能性へ探求」
2024年2度の来日を果たしたカールステン・ニコライ。
1度目は、2024年7月、Tokyo Gendaiのイベントの一環として、Tokyo NODE(東京、港区虎ノ門)での音楽とアートを融合させたライブ・パフォーマンスを行った。2度目は、2024年12月から東京都現代美術館で開催された、坂本龍一の「seeing sound, hearing time」展での坂本とのコラボレーション作品の出展である。
このように、現代アートのアーティスト(以下、美術家)であり、ミュージシャン(Alva Noto アルヴァ・ノトの名称で活動)としても活動するカールステンは、1990年代初頭から、美術、音楽、自然科学の交差する領域で活動を開始。ドクメンタ5(1997年)、第49回(2001年)・第50回ヴェネチア・ビエンナーレ(2003年)などの国際美術展覧会に参加するなど、ベルリンを拠点にグローバルに活躍するアーティスト(兼ミュージシャン)だ。
美術家としての日本での活動は、これまでに、山口情報芸術センター(YCAM)(2010年)、市原湖畔美術館(2017年)での個展や、越後妻有アートトリエンナーレ(2003年、2012年)、第4回ヨコハマトリエンナーレ(2011年)、奥能登トリエンナーレ(2023年)などへの参加がある。
人間の知覚や自然現象の持つ特性やパターンに関心を持ち、科学的なシステムや数学的パターン、記号論を独自に応用した作品を制作するカールステン。
ART PREVEW TOKYOでは、2024年のカールステンの東京での2つの活動に焦点をあて、美術家として、またミュージシャンとしての活動を探る。
「カールステン・ニコライほど、作品の中で人間の知覚のスペクトルの可能性を徹底的に探求した現代アーティストはほとんどいません。」(Susanne Gaensheimer『Carsten Nicolai: Parallax Symmetry』2020)と語るのは、2019年にドイツ・デュッセルドルフにおいてカールステンの大規模回顧展「parallax symmetry」(パララックス・シンメトリー)を開催したKunstsammlung Nordrhein-Westfalen(K21)の館長であるスザンネ・ゲンスハイマー女史。
「彼にとって、知覚とは、美術で一般的に見られる視覚の次元をはるかに超えており、聴覚や感覚だけでなく、視覚や音響現象そのものに対する考察も意味します。彼のインスタレーションや絵画は、音楽家としても視覚芸術家としても追求している知覚の基本条件を扱った結果です。それらはしばしば、観客に問題の現象をさまざまなレベルで自ら体験する機会を与える実験的な性格を持っています。」とカールステンの作品の特性を指摘したうえで、「メディア間の境界がなくなったときに、芸術作品や展覧会の知覚で何が可能になるかの研究は、ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館の K21 スペースでの私たちの活動の関心事です。だからこそ、カールステン・ニコライは私たちのプログラムで非常に重要な人物なのです。」(ibid.)とカールステンの作品を評価している。
この2019年の批評での指摘は、「メディア間の境界がなく」なりつつある現在、まさに現代アートの大きなテーマの1つともいえる。
スザンネ女史の評する通り、カールステンの魅力は、一般的な美術の次元をはるかに超えた「人間の知覚のスペクトルの可能性への徹底した探求」、そして、美術で一般的にみられる次元をはるかに超えた実験的ともいえる「先駆性や革新性」にあるのではないだろうか。
Carsten Nicolai(カールステン・ニコライ)とAlva Notoと(アルヴァ・ノト)
“美術家”と“ミュージシャン”の2面を持つアーティストの東京での2つの活動(2024年)
Carsten Nicolai-美術家として、坂本龍一とのコラボレーション
坂本龍一「音を視る 時を聴く」(「seeing sound, hearing time」)は、坂本龍一(2023年に逝去)の大型インスタレーションを包括的に紹介した大規模展覧会(東京都現代美術館、2024年12月から2025年3月30日まで)。生前の坂本の展覧会構想を軸に、彼の長年の関心事であった「音と時間」をテーマに、国内外のアーティストとコラボレーションをしたサウンド・インスタレーションを展示。
坂本龍一と数々の共作のあるカールステン・ニコライ(音楽界では「アルヴァ・ノト」名義)。
坂本龍一と共同で制作した映画「レヴェナント:蘇えりし者」サウンドトラックは、2015年アカデミー賞を受賞している。
20年以上の長きにわたる旧知の坂本(2023年逝去)を偲んで、坂本の作曲した2つの楽曲に、カールステンが2つの映像作品を制作。そこで生まれたコラボレーションのインスタレーションが、《PHOSPHENES》《ENDO EXO》である。
美術、音楽、自然科学の横断する領域を融合させながら、「人間の知覚のスペクトルの可能性」を探求するカールステンと、「音を展示空間に立体的に設置する試み」を積極的に展開していた坂本が意気投合し、コラボレーションが多いのも頷ける。今回の映像のアイディアは、坂本と一緒にツアーをしていた時分から、すでにあったものだという。
《PHOSPHENES》
《PHOSPHENES》とは「眼閃」と言う意味。「基本的に意識を失って夢の状態に入る状態です。だから、これは眠りにつく前の2つの世界の間にいるような感じですね。半分眠っているような。つまり、自分が今どちらの世界にいるのかわからないような状態です。Ryuichiとの人生の関係でも、そうでしたね。」とカールステン自らART PREVIEW TOKYOのインタビューで説明をしてくれた。そして、この心の状態への関心が、この作品の焦点だ。
本展にあたって、美術館側からは映像作品で、というリクエストがあったとのこと。そこでカールステンは、「基本的に暗闇で目を閉じたときに見えるイメージを作り出すこと」をコンセプトに、6000m以上の煙を自ら撮影。音楽は、坂本の最後のアルバム『12』から「20210310」と「20220207」をトラックに用いた。
「音の質がとても豊かで、いろんな実験をミックスしていて、普通でない「音」にすごく感性を向けている。」と坂本の音楽を懐かしむカールステン。
カールステンの映像は、坂本の音楽へのリスペクトを込めて、その音を視せているようにも映る。
Alva Noto-ミュージシャンとして、TOKYO NODEでのライブ・パフォーマンス
2024年7月、国際的なアートフェア「Tokyo Gendai」(横浜、2024年7月5日から7日まで)の一環として、特別プログラム「ALVA NOTO(カールステン・ニコライの音楽活動時の名義)パフォーマンス・イベント」がTokyo NODE(東京、虎ノ門ヒルズ)で開催された。
Alva Noteによる蛍光色の鮮烈なパターンの映像と、映像によって、時に激しく、時に静寂なelectronic music(電子音楽)が共鳴しあう、圧巻のパフォーマンスが展開された。
彼は、これまでにも、ニューヨークのソロモン・R・グッゲンハイム美術館をはじめ、サンフランシスコ近代美術館、パリのポンピドゥー・センター、ロンドンのテート・モダンなどでパフォーマンスをしている。
「視覚芸術とelectronic music(電子音楽)は、展覧会に付随する豊富なイベント プログラムによっても伝えられ、展覧会の最後には K21 の広場で開催される Alva Notoのコンサートで最高潮に達します。」とは、スーザンネ女史。
まさに、「最高潮」のパフォーマンスが、東京の夜景を背景に虎ノ門ヒルズの最高階で繰り広げられた。
米国、欧州、東京とさまざまな場所で、パフォーマンスを披露するAlva Noteだが、すべてのパフォーマンスは異なる構成で、そして(周到に準備したうえでの)即興で行われる。
そのために「Unit」(ユニット)を開発。Unitを使用して、パフォーマンス中に柔軟に対応できることが可能になるという。このことについて、カールステンは次のように説明してくれた。
「私がデザインしているのは、インターフェイスのようなもの。十分な柔軟性があり、変更したり、変更したりするオプションがたくさんあります。ビデオと連携して作業も出来るようになっています。ライブ・パフォーマンスで、柔軟性に実現できるようになったのは、ごく最近のことです。つまり、必ずしも1対1で同じ音楽を繰り返す必要はありません。常に少し違ったパフォーマンスが可能となります。」
カールステンのパフォーマンスの映像は、強烈なインパクトがある。
ビジュアルに関しては、閃光のように、目を閉じるとイメージが湧いてくるという。
鮮烈な色彩についてカールステンは、次のように語る。
「色はカラーパレットをデザインしています。でも、必ずしも色を完全に決めるわけではありません。
ライブ・パフォーマンスはビデオではないので、より生成的です。だから、分析をデザインしています。だから、私が演奏するものがビジュアルも変化する可能性があるのです。また、音を変えることができれば、同時にビジュアルも変わります。」
最初は静的に始めるパフォーマンスが、徐々に動的になっていき、映像、音楽とも強烈なインパクトを放つ。オーディエンスの興奮がパフォーマーであるカールステンに伝わるかのごとく、彼のパフォーマンスも高揚していく。美術館のインスタレーションでは感じることのできない、特別な一体感、没入感だ。
ライブ・パフォーマンスは、その場限りの即興で、限られた人しか見ることができない。
他方、美術館のインスタレーションは、完璧に整えられた環境で作品を展示し、作品を通して大勢の人とコミュニケーションができる。
「ニコライのオブジェやインスタレーションの落ち着いたエレガントな美学は、技術的および物理的な実験、そして多くの場合、科学研究の歴史的側面にも言及する複雑な機能的コンテキストを隠していることがよくあります。」(スーザンネ女史)
カールステン・ニコライとアルヴァ・ノト、多角的な活動を通して、どのような「人間の知覚のスペクトルの可能性」の新機軸をどのように進化させていくのか。今後の活躍に注目していきたい。
ARTIST Info
Carsten Nicolai
1965年 ドイツ Karl-Marx-Stadt生まれ、ベルリン在住
主な展覧会
● 2024 「HYbr:ID, MACRO」Museo di Arte Contemporanea di Roma(ローマ、イタリア)
● 2022 「transmitter / receiver — the machine and the gardener」Haus der Kunst (ミュンヘン、ドイツ)
● 2019 「parallax symmetry」Kunstsammlung Nordrhein-Westfalen(デュッセルドルフ、ドイツ)
● 2017 「parallax」市原湖畔美術館(千葉)
OVERVIEW | Carsten Nicolai
| Galerie EIGEN + ART