「徹底した写実性の追求によって対象の存在感を確保し、その存在感を通して動きを暗示するという優れた達成を見せた。その卓抜な表現が、同時に沈黙の詩を歌い上げているところに、この画家の類い稀な資質をうかがうことができるように私には思われる」(高階秀爾『ニッポン・アートの躍動』より)
薄久保香の作品について、このように評するのは、東京大学名誉教授で、国立西洋美術館館長、大原美術館館長を歴任した高階秀爾氏(美術史学者・美術評論家)。
「本来のイメージを定着することで成立する絵画においては、動きを表現しようというのは、本質的に矛盾を孕む。逆に言えば、そこに画家の腕の振るいどころがあるだろう」と高く評価する。
英国の美術評論家のCharlotte Mullins氏は、「1980年代から1990年代に日本で育った薄久保は、現実がビデオゲームやCGIと交互に現れた世代。彼女は絵画で、今日の現実とは何かを問いかける。」と評する。
精緻な筆致、写実的で、リアルとバーチャルを行き来するような薄久保の作品。その制作のプロセスは、「まず対象となるモチーフを写真で映し、それを元にCGドローイングで画像を再制作し、最後はアナログで、自分で筆をとって描く」という。美大を卒業後、ゲーム会社に勤務した後、東京藝術大学大学院に進んだ薄久保は、作品制作にCGを使用する背景について、「クローズアップ藝大」の中で次のように語る。
「(会社では3Dの仕事をしていたが)新しい技術に触れたときにその後の核となる制作のイメージと結びついた。ペインティングという太古からあるベーシックな表現と、CGの中で視覚的には非常にリアルに表出しているけれど質量を一切伴っていない、光と視覚の中だけに発生するリアリティみたいなことについて考えて。それでものすごく自分の制作をしたいという気持ちに駆られた。・・・(その後、藝大の大学院に入り)CGのバーチャルなイメージと実際の出来事を融合したイメージを絵画にすることで納得して、ひとつその段階に達することができた。」
そして、筆をとって描くことについて、薄久保は「私たちの魂がこういうアナログな肉体に収まっているということにつながっているのかなと思う。デジタルなのかアナログなのか分断しないことが重要。」という。
CGによる、スマホを通して観るような、フラットな光のなかで認識するリアリティと、絵筆で精緻に描き上げるリアリティ。「偶然」であるかのように出会う、モチーフとの組み合わせ。
これらを絵画のなかにまとめあげ、そこから発するアウラを「Crystal Moment」(結晶時間)と彼女は名付ける。
注目の作品 1 | 最新作《She Is. 彼女のスティル》
2023年の東京ビエンナーレのプロジェクトの一環の壁画作品。「意識だけでコントロール出来ない世界」を描き出きだそうとする薄久保が、自ら大手町・丸の内・有楽町で働く数名の女性を取材し、彼女たちの内省的世界を描いた作品群。
The first interview から
薄久保は、「彼女の話の中で印象的だったのは、「日本一リボンを結ぶのが得意」という言葉でした。インタビューから「手」に纏わるエピソードを遡ると、多彩な人生の原点に、現在に通ずる記憶をみつけることが出来ました。」と語る。
The second interview から
「「彼女の手に纏わる最も古い記憶」それは、今世のものではなかった。それから彼女は、20代の頃デンバーの空港を訪れた際に出会った指輪について話してくれた。」
The third interview から
「彼女はかつて長い間「花」を扱う仕事に携わっていた。しかし、その時間において「花」の持つ美しさや生命的なイメージとは裏腹に彼女の「手 」と「花 」の関係性は、人工的で空虚なものだったという。笑って話す彼女は今、自分の為に花を育てている」と薄久保。
それぞれの女性たちの話から始まったこれらの作品は、彼女たちと作家との共同作品とも言えるだろう。
注目の作品 2 | 《Part and the whole, Encounters and Beyond》(2009)
Mullins氏は薄久保の初期の作品 “Picturing people: The new state of the Art”に評して、次のようにいう。「彼女の超現実的な子供たちは、Sprout (2009) では自分の意思を持った髪を持ち、Part and the whole, Encounters and Beyond (2009) ではかつらをかぶっています。彼らは皆、物思いにふけり、受動的で、むしろ悲しそうに見え、おそらく絵画として構成されていることを自覚しているのでしょう。そして、現実には彼らも存在しないことを自覚しているのでしょう。」
Art Preview Choice 3 | 「Crystal Moment」な作品群
《Phantom Bird》
《アーモンドの花言葉》
《MIA》
EYE from ART PREVIEW TOKYO
小学生の頃には、すでにセザンヌの模写をしていたという薄久保。巨匠セザンヌは、絵画における構図やテクスチャーなど、常に彼女の原点だという。ハンス・アルプのコラージュにも、大いなる関心を寄せる。
そんな薄久保の作品は、バーチャル(CG)を取り込みながらも、最後に筆による精緻な描写による強度が加わり、薄久保らしさともいえる、リアルで洗練された仕上がりとなる。海外での評価が高いことも頷ける。村上隆や奈良美智に続く、次世代アーティストとして期待が高まる。
Artist Info
Kaoru USUKUBO
1981年 栃木県生まれ 京都在住
東京藝術大学大学院美術研究科博士課程美術専攻修了 博士号(油画)取得
主な展覧会
●「”She is.” すぐ傍らにみつけたあなたの分身」FARO WORKPLACE(東京、2023)
●「Kaoru Usukubo and Daisuke Ohba – Enlil and Enki」LOOCK Galerie(ベルリン、2020)
●「偶然の法則による実験」taimatz(東京、2018)
●「crystal moments」LOOCK Galerie(ベルリン、2011)
OVERVIEW | KAORU USUKUBO