積層した写真を彫りこむ斬新な表現で国内外から注目を浴びるアーティストデュオ、Nerhol(ネルホル)。
2024年、大宰府天満宮での展覧会に続き、千葉市美術館で美術館における初の大規模個展が開催されるなど快進撃が続いている。
ART PREVIEW TOKYOは、千葉市美術館での個展「Nerhol 水平線を捲る」(2024年9月6日から 11月4日開催)を経て新たな一歩を踏み出したNerholの「写真彫刻」の魅力を探る。
Nerhol(ネルホル)は、グラフィック・デザイナーの田中義久と彫刻家の飯田竜太により2007年に結成された異色のアーティストデュオ。
紙と平面的構成によるグラフィック・デザインを行う田中と、本や新聞といった紙を素材に言語の枠組みを外側からとらえる作品を制作する彫刻家の飯田。その2人の間の日々の対話を通じて、作品が生まれるという。
人物を3分間撮影し、出力された200枚のカットを重ね、彫刻を施した、2012年発表のポートレートシリーズ《Misunderstanding Focus》で大きな注目を集める。
Nerholの作品には、《multiple-roadside tree》2016- や《珪花木》2022- のように、写真彫刻以外のジャンルの素晴らしい作品もあるのだが、今回は、Nerholの生み出した「写真彫刻」、特に写真を「彫る」という独自の手法に焦点を当てて、紹介をする。
Dissolving Photographic Sculptures-溶ける写真彫刻
美術評論家の伊藤俊治氏は「溶ける写真彫刻」と題して、Nerholの作品について次のように記述する。
「デジタル写真時代の物質性を重視するアーチストの中でもNerholが特異なのは「彫刻」という概念へのこだわりである。あるいは時間層や運動性を取り込んだ「彫刻と写真」の関係への注視といってもいい。」(伊藤俊治『Nerhol 2007-2024』)
「写真彫刻」:「連続写真の束を彫刻する」という手法
2008年の初個展から約4年間の模索を経て、「連続写真の束を彫刻する」という手法にたどり着いたNerhol。2011年に制作された《Circle》シリーズは、最前面から奥へとわずかずつ縮小していく黒い円形を印刷した200枚の紙を、様々なパターンで彫った作品。
「連続的な図像の束を彫ることで生じる像の動きに時間制を見出し、作品を胚胎する独自の時間軸を認識する」(Nerhol『Nerhol 2007-2024』)契機となった。
写真は《Circle》を横から見たところ。200枚の出力紙の束が彫られることで、立体性が生まれる。
この《Circle》には51通りの彫りのパターンがあり、パターンごとに凹凸を反転させた対になる作品があるため、全部で102点の作品から成るシリーズである。
3分間の時間を内包したポートレート作品
続く2012年度に発表されたのが、《Misunderstanding Focus》。 Nerholの代表作として名高いポートレートのシリーズだ。 彼らが日本国内で出会った人物をモデルとし、彼らを3分間かけて連続撮影した200枚の写真を素材に制作。A4サイズにプリントした写真を、最前面から最背面へと時間が流れるように積み重ね、カッターで彫りをほどこした。
連続写真の束を彫刻することで、「一つの作品に共存する複数の時間が、イメージのズレとなって現れており、積層した平面は彫り進めるにつれ三次元の起伏をもち始め、最終的には立体物としても鑑賞しうる形態」(Nerhol『Nerhol 2007-2024』)となった。
Nerholの飯田は、積層した写真を彫ることに関して、次のように語っている。
「作品にどのような動きが生まれるのかは、実際に彫ってみないとまったくわからないんです。「こうなった」という、その都度の結果をどのように受け止めていくのかが重要です。はじめに大きさのバランスは決めますが、そのままいくことなんか絶対にない。掘り進めるときに起きた状況にどう対応するか、ということが続いている。それが終わったときに完成するといった感じです。」(美術手帖インタビュー)
写真は、2024年前半に太宰府天満宮で開催された展覧会Nerhol「Tenjin, Mume, Nusa」の作品《Tenjin》シリーズの制作風景。積層した写真をノミで彫っているところ。
その下の写真は、千葉市美術館での展示風景。
それまで見えなかった関係性を浮上させる作品
写真集など主に紙媒体でのグラフィックデザインを手掛けてきた田中と、書物を素材とする彫刻家の飯田にとって、紙やその原料となる「植物」は重要なモチーフの一つである。
その植物をモチーフにした彫刻写真が〈Naturalized Plants〉(帰化植物)2020-のシリーズだ。
とりわけ目を引くのは、2022年に資生堂ギャラリーで開催されたグループ展で発表された、高さ約2.4m、幅5.6mの作品《Trifolium repens》2022。日常で目にするシロツメクサを映した4枚組の作品であるが、4枚それぞれに別の映像から出力されており、異なる時間が一つの作品の中で連なっていることがわかる。
今回の作品のモチーフとなっているシロツメクサ、オニノゲシ、コデマリ、アレチハナガサなど、道端で何気なく目にするこれらの植物は、自生地から日本国内に持ち込まれて野生化した外来種で、「帰化植物」とも呼ばれる。Nerholはコロナ禍に文化人類学者のアナ・チンとの対話を重ね、人間の社会活動の影響を受ける植物への思索を深めていった。それまでにも植物の写真彫刻を発表していたNerholは、2020年、グローバリゼーションを礎とする人間の社会活動などの影響を受けてきた「帰化植物」に焦点を当てた作品を制作。
積層した写真を彫るという表現だからこそ、「それまで見えなかった関係性を浮上させる」(伊藤俊治『Nerhol 2007-2024』)ことを可能にしている作品群だ。
Finding something non-ordinary in daily life-平凡な日常にある何かに気づきを
日常性をベースに作品を制作しているNerholは「何気なく見過ごしてしまうような瞬間や行為を、できるだけ敏感に見つめていたい」と語る。「日常で当たり前にみえるものは、偶然が積み重なって、あたりまえでないかもしれない。(Nerholの作品を)見た人が生活の何かの気づきを得て、生活に変化が生まれて欲しい」と内覧会時に語っていたのが印象的だった。
身近にある素材(紙や印刷)やモチーフ(植物や人物)を、独自のアプローチによりユニークな作品へと昇華し続けているNerhol。それを可能にしているのは二人の対話。
対話を積み重ねることによって、見落としがちな日常の断面を可視化していく二人。
Nerholは、その現代的な視座から今後、どのような新たな表現に挑戦していくのだろうか。期待したい。
ARTIST Info
Nerhol
田中義久 1980年静岡県生まれ。武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科卒業。
飯田竜太 1981年静岡県に生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術専攻修了。
主な展覧会
●「水平線を捲る」千葉市美術館(千葉、2024年)
●「Tenjin Mume Nusa」太宰府天満宮宝物殿(福岡、2024年)
●「Nerhol: Beyond the Way」Leonora Carrington Museum(San Luis Potosí, Mexico, 2024)
OVERVIEW | Yutaka Kikutake Gallery