日本屈指のコレクター 高橋龍太郎氏。日本の現代アートに特化した3500点以上のコレクションは、質、量ともに他を凌駕しており、日本の現代アートのコレクションとして世界最大級。
その集大成ともいうべき展覧会「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」が、東京都現代美術館で開催された。
Neoteny(ネオテニー、幼形成熟の意味)という鮮烈かつ衝撃的な言葉を冠した展覧会「ネオテニー・ジャパン 高橋コレクション」(2008年~鹿児島県霧島アートの森ほか)を手始めに、その後も「マインドフルネス」(2013年~ 札幌芸術の森美術館ほか)、「ミラーニューロン」(2015年 東京オペラシティアートギャラリー)など、精神科医らしいタイトルで、現代社会をリアルに反映した展覧会が次々と開催されてきた高橋龍太郎コレクション。
初回展覧会開催時において1000点以上の作品を誇ったコレクションは、その後も増え続け、今では3500点以上というメガ・コレクションへと拡大。本展は115組の作家の作品群(うち3組は東京都現代美術館蔵)を展示しており、初期から東日本大震災を経て現在に至る変化を、ひとりのコレクターの「私観」として辿ることができる今回の展示は、高橋龍太郎コレクションの集大成ともいえる展覧会である。
6部構成から成る、今回の展覧会。
はじめは、戦後全共闘世代の高橋氏が若き日に影響を受けた作家たちの作品。
次に、高橋氏が本格的にコレクション形成へのめりこむきっかけとなった草間彌生、それから、サブカルチャーの影響を受けた村上隆、会田誠、奈良美智、加藤泉、鴻池朋子など、高橋コレクションの代名詞ともいえる1990 年代から2000 年代にかけての日本の自画像のような作品群が続く。
そして、東日本大震災以降に生まれた新たなコレクションの流れの紹介。
最後に、近年高橋氏が惹きつけられているという、路上─ストリートから世界をまなざし、制作する作家を展示。時代の感覚の変化を映し出した作品群が展示されている。
若いアーティストたちの最新の動向を取り込みながら日々拡大する高橋龍太郎コレクション。その全貌・変遷とともにコレクションを貫く哲学が垣間見える展覧会構成となっている。
アートの同伴者
2024年4月から山形美術館で開催された展覧会のタイトルは「カンヴァスの同伴者たち」。そこには、アーティスト、コレクター、キュレーター、そしてわたしたちすべてがアートの同伴者であるという高橋氏の思いが込められているという。(山形美術館website) 現代アートと高橋氏の関係性はまさに「アートの同伴者」といえるのではないか。
また、自らのコレクションについては「若い叫び」という高橋氏。「芸術は所有できないもの。この「若い叫び」を50年後の未来につなげたい」と。
ここに注目1 | 日本の戦後の自画像というべき作品群
高橋龍太郎コレクションは、1990 年代半ばに本格的に始動。この時期、グローバル化していく現代美術の流れの中で、日本の文化や社会に対する鋭い批評性を持った多くの作家たちがデビュー。彼らの作品は、1960年代末に芸術への憧れを育んだ高橋氏を大いに刺激した。
「私のコレクションの中で、草間作品とならんで重要な位置を占めているのが、会田誠、山口晃の作品だ」(高橋龍太郎『現代美術コレクター』より)
会田 誠《紐育空爆之図(にゅうようくくうばくのず)(戦争画 RETURNS)》1996 年
山口 晃《當卋おばか合戦─おばか軍本陣圖》2001年
ここに注目2 | 「人間を描いた作品」にフォーカス
高橋龍太郎コレクションの全体を貫く最も重要なテーマとして、人間を描いた作品がある。芸術を通して人間の諸相に触れ、その創造性の根源を探りたいという欲求は、精神科医である高橋氏のコレクションの底流にあるといえよう。
ネオテニー・ジャパンとして高橋龍太郎コレクションの代名詞ともいうべき奈良美智と加藤泉の作品。
「西欧美術文化は、自分たちが成熟した大人で自分たちが完成形だと思っているが、辺境で幼形のまま成熟していき(ネオテニー)、彼らをしのぐ作品群をつくっているのが、今の日本のアーティストだ。」(高橋龍太郎『現代美術コレクター』より)
奈良美智《Untitled》1999 年(左の絵画作品)
加藤 泉《無題》2004 年 、《無題》2006年(右の2つの彫刻作品)
ここに注目3 | 崩壊と再生
2011 年の東日本大震災と福島第一原発の事故は、東北地方出身(山形県生まれ)の高橋氏にとって、大きな感覚の変化をもたらした。原発事故後の日本社会に対する風刺や、震災後の作家たちの最初の一歩など、この一連の出来事から生み出された作品のコレクション「生命の再生を主題とする」作品群。
小谷元彦《サーフ・エンジェル(仮設のモニュメント 2)》2022 年
SIDE CORE / EVERYDAY HOLIDAY SQUAD《rode work tokyo_ spiral junction》2022 年
Eye from ART PREVIEW TOKYO
「私は、アーティストのキャリアの初期段階、つまり彼らがまだ駆け出しで創造的なエネルギーに溢れていた時期に制作された作品を集めるのが好きです。」と語る高橋龍太郎氏。(Art Basel, 2024 “Why I collect: Ryutaro Takahashi” )
今や日本の現代アーティストにとって、自分の作品が高橋龍太郎コレクションに入るかどうかは一つの大きな試金石といっても過言ではないかもしれない。若手の作家でも、高橋氏のお眼鏡にかなうことは、ステップアップのチャンスともいえる。
1990年代半ばからの約30年間、一人のコレクターが、日本の現代アート界にこれほどまで大きなインパクトをもたらした功績は測り知れない。
OVERVIEW
A Personal View of Japanese Contemporary Art: Takahashi Ryutaro Collection
日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション
東京都現代美術館 | 2024.8.3-11.10
Takahashi Ryutaro Collection