ARTIST EXHIBITION “Aki Kondo: What I Saw, When I Tore Myself Open”|2025.2.15-5.6 | Art Tower Mito 2025.04.03
近藤亜樹、近藤亜樹《ザ・オーケストラ》2024年(部分)の前にて photo by ART PREVIEW TOKYO

近藤亜樹:我が身をさいて、みた世界は

躍動感溢れる筆遣いと、力強い色彩の絵画で知られる近藤亜樹の個展が、水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催されている(2025年2月15日-5月6日)。

空間の構成の指揮を執ったのは、建築家 青木淳。絵画を自立させるという新奇性に富んだ手法で、絵画88点の絵画だけの空間を軽やかに、そして楽しめるように創出。

絵画(ペインティング)を通して「描くこと」と「生きること」が切り開く、近藤亜樹の渾身のペインティングの世界「我が身をさいて、みた世界は」の魅力を、作家 近藤の発言とともに探る。

展示風景:「近藤亜樹:我が身をさいて、みた世界は」水戸芸術館現代美術ギャラリー、2025年  写真提供:水戸芸術館現代美術センター ©The Artist. Courtesy of ShugoArts. Photo by Shigeo Muto.

近藤亜樹-彗星のごとく現れた才能
 近藤亜樹(1987年生まれ、北海道出身)は、東北芸術工科大学・大学院の学生だった頃から凄まじい才能を発揮。東日本大震災の余波に人々の心が揺らぐ2012年にデビュー。

 類い稀な画才に恵まれ、画家デビュー時から、サンフランシスコ・アジア美術館「PHANTOMSOF ASIA: Contemporary Awakens the Past」(2012年)に10m超の大作《山の神様》を出展するなど、作家として華々しいスタートをきった近藤。

近藤亜樹《山の神様》2011, oil on panel, 227×1018.5cm, Copyright the artist, Courtesy of ShugoArts

 東北芸術工科大学院時代に山形で東日本大震災を経験した近藤。
「世界が終わるような揺れを体感したあの日」を振り返り、2011年10月にこう綴っていた。

「震源地からそう遠くないこの山形に、津波は来なかった。・・・この土地は、山の神様に守られたのかも知れない。しかし、この山を越えた向こう側で、たくさんの命が消えたのも、また事実である。」

 この作品について、戦後日本美術研究家で学芸員の神山亮子は、
「人間を超える大きな力と人間との間の、対立と調停というテーマが示されている」と評したうえで、「やがて自然と人間の対立と調停というテーマが、描きたいという衝動や、絵画を成立させるための冷静な判断や行動、現実と調停とのプロセスに、ぴたりと重なっていったにちがいない」と分析する。(神山亮子「近藤亜樹 現代の神話」『ここにあるしあわせ 近藤亜樹』収録, T&M Projects・ShugoArts刊, 2021年)

 今回、37歳という若さで、山形美術館(2020年)に続き、2回目の公立美術館での大規模個展となった本展。新作64点を含む88点もの大規模な展示である。
 近藤の画家としての成熟とともに、さらなる飛躍を大いに期待させる展覧会である。

展示風景より photo by ART PREVIEW TOKYO

「光」を描き続けようと決意
 2018年、近藤は30歳の時、結婚2週間後に配偶者の逝去という筆舌に尽くしがたい経験をする。
当時、近藤の身体には新しい命が宿っていた。

 激しい葛藤もある中で、近藤は「命が終わるまで光を描き続けようと思った」と決意。

 そして、絵画を描き続けて到達した境地が、近藤にとっての「生きること」、そして「生きることの大切さ」であった。

 今回出展されている母子像《Planets》には、しっかり抱き合い、まっすぐに前を向く母と子が描かれている。そこには母親として、我が子のために必死で光を探し描き続けた、という決意が表現されている。

《Planets》2022年 個人蔵 ©The artist. Courtesy of ShugoArts. Photo by Shigeo Muto.

回廊型ギャラリーを絵画のみで埋め尽くす

展示風景:「近藤亜樹:我が身をさいて、みた世界は」水戸芸術館現代美術ギャラリー、2025年  写真提供:水戸芸術館現代美術センター ©The Artist. Courtesy of ShugoArts. Photo by Shigeo Muto.

 現在、山形にアトリエを構え、創作活動に打ち込む近藤。本展に向けて渾身の新作を64点を描き上げた。

 学生時代より、描く速度は超絶早いことで有名な近藤だが、今回はタイトルの通り「身をさく」思いで、全力以上のものを出し切ったという。

我が身をさいて、みた世界は
いつかできた傷は癒えて
どんどん強く 逞しくなって
光さす方 道を信じてまた進む
雨が降っても心は晴れ
世界はそうやって小さな一歩で変わっていく

展示風景:「近藤亜樹:我が身をさいて、みた世界は」水戸芸術館現代美術ギャラリー、2025年  写真提供:水戸芸術館現代美術センター ©The Artist. Courtesy of ShugoArts. Photo by Shigeo Muto.

オーケストラの「音」の色 

近藤亜樹《ザ・オーケストラ》2024年(部分) ©The artist. Courtesy of ShugoArts. Photo by Shigeo Muto.

 本展の一番の大作は《ザ・オーケストラ》2024。幅9.15m 、高さ2.27m 、5枚のキャンバスから成るこの大型作品は、近藤が山形から仙台に向かうバスから見た一本の黒焦げた木が、指揮者に見えたことをきっかけに描かれた。本作品は、水戸芸術館の館長であった世界的指揮者 故小澤征爾氏(2024年没)に捧げるオマージュ作品として見ることもできそうだ。

 近藤は、描くときには真っ白なキャンバスを複数枚立てかけ、下書き無しに一気に描き進める。
モチーフは頭のなかにある過去の記憶や体験から取り出すが、何が描かれるかは描く本人もわからない。描き終わって、「こういう風に反応して描いたんだ」と自覚する。

 そんな近藤だが、オーケストラの「音」をどう絵画で表現すればよいのか、壁にぶち当たった。そこで、アトリエで、小澤によるオーケストラ曲を大音量で聴き続けた。聴き込んだ果てに、ある時耳を塞いだ瞬間、近藤の身体に震えが走った。近藤は語る。
「私にとっても音は骨なんだ。骨が震えるということ。これだ、と思って、その響きを「うねり」に変えて書き始めたら、進んだ。」とその体験を振り返る。

「それから半年くらい格闘して出来た結果が、宇宙のオーケストラみたいになった。陸の生物も、 海の生物も、鳥や人間も一緒に、この宇宙の子供たちが皆で奏でている絵になりました。」

近藤亜樹《ザ・オーケストラ》2024年(部分) ©The artist. Courtesy of ShugoArts. Photo by Shigeo Muto.
近藤亜樹《ザ・オーケストラ》2024年(部分) ©The artist. Courtesy of ShugoArts. Photo by Shigeo Muto.

「小澤氏は指揮棒を持った火の鳥です。火の鳥として私たちの心の中にいる。小澤オーケストラって、どの曲も、音の細胞がすごい喜んでいる音がするんですよ。」と語る近藤。

小澤の目指した芸術の本質が、近藤の「ペインティング(絵画)」を通して伝わる作品だ。

「光」というメッセージを届ける

《Morning Dew》2024年 ©The artist. Courtesy of ShugoArts. Photo by Shigeo Muto.


「花」は、近藤がデビュー当初から描き続けているモチーフの一つ。 
本展でも「サイレントベル」シリーズをはじめ、沢山の花のモチーフのペインティングが発表された。

 なぜ「花」を描くのかと問われた近藤は、次のように答えた。
「花や形に興味があるわけではないのです。」
「私の絵の花は全部真正面を向いています。目の前にいる人が「光」だっていうことを言いたくて描いたのだな、とわかるのです。花はずっと太陽を追いかけて、1日過ごすのです。ずっと光しか見ていないのです。」と。

 近藤の表現の世界では、花のペインティングは、「見ているあなたが「光」だから、というメッセージを届けたくて、描いている」のだ。

 正面からキャンバスいっぱいにとらえた花の生命力やあふれる勢い。
まず自身のなかで受け止め、それらを描くことで、異なる者同士が「いま・ここ」につながり合う世界を近藤は見出しているのだろう。

《ラブコール》2024年 ©The artist. Courtesy of ShugoArts. Photo by Shigeo Muto.

 神山は、「彼女には周到に言葉を集めて、あるいは特定の様式や技法を踏襲して、自らが接続するコンテクストを示す準備はない。つまり近藤の絵画には、批評的な距離が決定的に希薄なのだ。」と指摘する。
しかし、そこが近藤の特徴というべきだろう。

「むしろ、対象との、イメージとの、絵画や支持体との、つまり絵画との距離はものすごく近い。そして近藤が絵画と結んでいる信頼関係が、この近さには確かに反映されている。」と神山は分析する。(神山亮子「近藤亜樹 現代の神話」『ここにあるしあわせ 近藤亜樹』収録, T&M Projects・ShugoArts刊, 2021年)

見ているあなたが「光」だから、と語る近藤の眼には「絵画と結んでいる信頼関係」がある。

そして、これこそが近藤を「描くこと」に駆り立てているのではないか。そして、それは「生きること」とつながっている。(APT)

《I Love You》2023年 OKETA COLLECTION蔵 ©The artist. Courtesy of ShugoArts. Photo by Shigeo Muto.

CONTEMPORARY ART POWER from Tokyo