20世紀を代表する女性アーティストの一人、Louise Bourgeois(ルイーズ・ブルジョワ;1911年‐2010年)の国内最大規模の展覧会「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」が森美術館で開幕。会期は2025年1月19日まで。
ニューヨークを拠点に創作活動
1911年パリ生まれのブルジョワは、タペストリー工房を営む両親のもと、裕福だが複雑な家庭で、幼少期よりトラウマを抱えながら育つ。
パリ国立高等美術学校などで学んだ彼女は、1938年にパリでアメリカ人の美術史家ロバート・ゴールドウォーターと出会い、結婚。同年にニューヨークに移り住む。以後、2010年に亡くなるまで、ニューヨークを拠点に精力的に活動した。
今では世界中の美術館で個展が開催される先進的な女性アーティストであるブルジョワだが、初個展の開催は70代になってからであった。(1982年ニューヨーク近代美術館) 当時、美術界での評価は男性中心でであったなか、女性アーティストとしての先駆的な存在であった。
攻撃的な感情を創作活動へ向ける
幼少期に経験したトラウマ的出来事が作品のインスピレーションの源であるブルジョワ。特に父親の死後、鬱に苦しみ精神分析に救いを求め、自分の精神状態を日記に綴るなど、常に自分と向き合ってきた。その経験から、子供時代の父親に対する複雑な感情や、不安定な人間関係が自分の作品の多くに影響を及ぼしていることに気づく。
創作活動、とりわけ、素材に抗って作業することが、攻撃的な感情のはけ口になったというブルジョワ。彼女は、彫刻を創作することを一種のエクソシズム(悪魔払い)、つまり望ましくない感情や手に負えない感情を解き放つ方法だと信じ、創作活動に勤しんだ。
ブルジョワを代表するモチーフ「蜘蛛」に込めた思い
生涯を通じて、「母性」に焦点を当てた作品を作り続けたブルジョワ。
両義的かつ複雑性に満ちた「母性」というテーマのもと《自然研究》をはじめとする作品を制作する中で、母と子の関係こそが、将来のあらゆる関係の雛形になるという確信に至ったというブルジョワ。
彼女にとって蜘蛛は、実母を象徴する存在。
「蜘蛛」は、糸で傷を繕い、癒す修復家である一方、周りを威嚇する捕食者でもあるとブルジョワは説明する。優しく子供を守る母、他方、子供を守るためには襲い掛かるものに果敢に立ちはだかる母。そのような母性の複雑性を、ブルジョワは「蜘蛛」で表現。
また、蜘蛛が巣作りのために体内から糸を出すように、自身の体から負の感情を解放するために作品を作っているとも語る。蜘蛛は彼女の自画像でもあったのだ。
蜘蛛―母へのオマージュ、そして、自分の自画像
「蜘蛛」は腹部に布に包まれた3つのガラスの卵を抱え、檻のようなセル(部屋)を守るように長い脚を広げる。部屋の中央にタペストリーで覆われた椅子が置かれ、壁にもタペストリーの断片が貼られている。
六本木ヒルズのランドマークの蜘蛛《ママン》
六本木ヒルズを象徴するパブリック・アート《ママン》は、高さ10メートルを超える大型の作品。
Eye from ART PREVIEW TOKYO
「素材を活かした造形的かつコンセプチュアルな作品は、どのグループにも分類されない唯一無二のスタイルで、その表現は、ジェニー・ホルツァーやトレイシー・エミン(1963-)、塩田千春(1972-)をはじめ、現代を生きる多くのアーティストに影響を与えている。」(椿玲子『ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ』)とも評される。
当時、白人男性中心主義であった西洋の現代美術界に、「母性」をコンセプトとした独自の作品群で、扉を開いたブルジョワ。自身のトラウマをも昇華させて創作活動を続けていく、強さや逞しさ。そして「地獄」を素晴らしいと言ってのける、しなやかでユーモア溢れるスピリット。
生前からブルジョワと交友関係を築き、ブルジョワの文章に強い関心を抱いていたという、女性美術作家のジェニー・ホルツァーの映像作品ではブルジョワの言葉が使用されているが、そんな彼女の強さや逞しさが映像作品を通じて伝わってきたのはとても印象的だった。
OVERVIEW
Louise Bourgeois
ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ
Mori Art Museum | 2024.9.25 – 2025.1.19