村山悟郎|制作知のアブダクション
村山悟郎「制作知のアブダクション」(Takuro Someya Contemporary Art、東京都)(会期は11月22日まで)は、
村山の東京大学大学院における連続講義「芸術制作論」の書籍化を契機に企画されたもの。
村山の15年以上にわたる創作と研究の集大成となる“ミッドキャリア・レトロスペクティブ”。作品とともに、制作プロセスや背景にある理論を展示する点が特徴。
村山悟郎(1983年、東京生まれ)は、ドローイングを中心的手法に据えつつ、創作と研究の両面から、科学・哲学・芸術の交差点としての「制作知(ポイエーシス)」のあり方を探求する気鋭の美術家。(東京藝術大学博士(美術))
生命システムや科学哲学を理論的背景として、人間の制作行為(ポイエーシス)の時間性や創発性を探求している。
本展の鑑賞は、村山の芸術制作論のキーワードの理解がカギとなる。
今回は、APTが会場で村山から受けた説明と彼の芸術制作論を交えて紹介する。
村山の芸術制作論
村山は、博士論文「創発する絵画」と作品で、2015年に東京藝術大学大学院で博士号を取得。
論文審査では、村山の上記博士論文は、
「創発というとき、何の創発かと言えば、なんらかの形、模様、パターン、図柄の出現ではなく、「変数」そのものの出現であるとした点に、最大の力点があり、村山悟郎氏はこれによって世界の制作の水準を切り上げることに成功している。」と評され、
「制作の途上で、変数そのものが出現してくる場面に力点を置くことは、現実はどのように美しいか、どの程度面白いかではなく、さらにどのように豊かになりうるかを基調としており、それこそ複雑系の科学の制作現場の最大限の活用だった」として、「そのことに成功した世界で最初の論文」と高い評価を得た。(同博士論文審査結果の要旨)
可読性のある作品を志向する村山
本展でのAPTの取材に応えて、村山は作品を前にして、
「例えば、モナ・リザのようなスフマートと呼ばれる古典技法による絵画は、薄く透明な絵具の層を幾重にも塗り、陶器のような独特の質感や表情をつくりだします。そこには総体としての現れがあり、それが美や意味を生み出すわけですが、どのようなプロセスでそれがつくられたのかは隠されている。僕がドローイングに感じている可能性はそういうものではない。」と話し始めた。
「総体として美しく描かれてあり、なおかつ、分析可能な可読性をもった作品。そうした在り方は、ペインティングよりドローイングの方がずっと向いていると思います。」

ドローイングの可読性と制作知(ポイエーシス)
「可読性」という点について、村山はその背景を補足する。
「アーティストには個々に自分の制作知(ポイエーシス)がある。自分の20-30年にわたる制作の過程を、他者に作品をとおして読解可能な状態で提示したい。」
「これはどういう風に作られたのだろう、という手順を遡って検討してみる。起点になる一筆目はこれかな?というふうに痕跡が追跡できる作品。例えば、僕の授業では、レヴィ=ストロースの「カデュヴェオ」というブラジルの先住部族の即興的なドローイングの研究を取り上げました。それをトレースしながら分析することで、制作のなかでどのように造形思考が発展するかがわかるようになる。
そうした絵の分析をとおして、様々な作品の制作の在り方へ類数するように、鑑賞経験や個々の制作を再形成することを促します。」と続ける。
(APT注:村山は、昨年は東京大学比較文学比較文化で客員准教授として講座を持ち、また現在は武蔵野美術大学映像学科、および東北芸術工科大学大学院で教鞭をとっている)
制作知(ポイエーシス)、作家の制作過程、をたどれる可読性ある作品、すなわち「解読可能」な状態の作品であるということが他者の「創発」の誘導につながる、と村山は考える。
下記ドローイングは、本展で展示されている《ウォールドローイング・トイレシリーズ#0》。

村山の「オートポイエーシス」論
オートポイエーシスとは、「自己(auto)」が自己を常に「創出(poiesis)」し続けるシステムのことで、細胞や生命体のような、外部から与えられるのではなく、自分自身で自分自身を組織し続けるプロセスを指す。
(参照:「ヴァレラのSLCモデル/鈴木啓介」『現代思想2001年10月号 特集=オートポイエーシスの源流』、ヴァレラが簡素にモデル化し、コンピュータ・シミュレーションで鈴木啓介が実装するシステム。)
村山は、オートポイエーシスについて、次のように語った。
「人間は行為することによって知覚を形成します。制作行為をすればするほど、その行為に特化した知覚が形づくられ深まってゆく。つまり、つくることは自己を形成することなのです。
今回、2007年の学生時代の初期作品と、2014年に描いたドローイング、そして2025年の新作を合わせて展示している。このおよそ20年の間に、ドローイングの基本理念は変わっていないが、その線描の感触はだいぶ変化しているように見え、またパターンも緩やかに変容している。このように常に新しい自己を制作しながら、描かれたパターンを契機として次の行為を産出してゆく。
つまり、狙って新しいスタイルをつくろうとしているのではなくて、自ら行為し続けることで、緩やかに変容している。制作者の知覚、身体や道具、描かれたパターンを含んだシステム総体を、オートポイエーシス的なものとして考えています。」

セルオートマトンの活用も
その他にも、セルオートマトンを描画用に考案したドローイングにも取り組む。
(注:セルオートマトン=単純なルールに従って変化する小さなマスの集まりが、全体として複雑な動きを生み出すモデル)
そうしたシステミックな制作行為に見いだされる自己組織的なプロセスやパターンを、作品をとおして表現する村山。「オートポイエーシス」の理論を作品を通して実践し、創作の可能性を示している。
「セルオートマトン」を描写用に用いたドローイング《流れる3つのメディウムステート》
東京エレクトロンのために制作された。半導体、導体、絶縁体を質材で表す。


Three Medium State Flow #Red, Blue, Yellow 2024
©︎ Goro Murayama, Courtesy of Takuro Someya Contemporary Art and the artist
Photo by Shu Nakagawa
ドローイングとセルオートマトンのカップリング
本展のハイライトは、「Three color systems and double pattern coupling」の2つの作品。
逆三角形のモチーフの組が構成され繋がっていく。その逆三角形の組を配置するための指針になるのが背景のセルオートマトンで描写されたグリッド。ドローイングとセルオートマトンのカップリング(組み合わせ)。

制作知のアブダクション
「<私>が制作するのではない、制作をとおして<私>が絶えず出現する。」(本展プレスリリース)
という村山の絵画における創発性。
「生物が自己治癒し成長していくように絵画が生成していくその芸術観は、独自の論点を獲得している。」
という講評(村山の博士論文の総合審査結果要旨の講評より)は、まさに作品に表れている。
レヴィ=ストロースが採取した先住部族の身体塗色、古代の迷路[labyrinth]、田中敦子の電気回路とブライテンベルクのビークル、セルオートマトンのClass4、オートポイエーシスの細胞膜形成運動などを取り上げた、今までの芸術論に類をみない、村山の独自の視座。
先端の科学システムも活用し、自己組織化していく斬新でダイナミックな表現方法で、豊かで美しい絵画やドローイングをつくりあげる。
その作品には、制作知の可読性を「創発」に繋げる芸術観がある。
本展のタイトル「制作知のアブダクション」には、作品という「結果から原因を推測する」(アブダクション)ことで、制作知(ポイエーシス)」の可能性を示すという村山の狙いが読み取れるのではないか。(APT text by MK)

ARTIST Info
Goro MURAYAMA
村山 悟郎
1983年、東京生まれ、東京芸術大学美術研究科博士後期課程美術専攻油画(壁画)研究領域修了、博士(美術)
主な展覧会
●「制作知のアブダクション」Takuro Someya Contemporary Art(東京都、2025年)
●「データのバロック」Takuro Someya Contemporary Art(東京都、2024年)
●「Emergence of Order」Daiwa Foundation Japan House(London、2018年)
OVERVIEW | GORO MURAYAMA
| Takuro Someya Contemporary Art