ブリティッシュ・コロンビア(カナダ)を拠点に活動し、「音のアーティスト」として国際的に高い評価を受けているJanet Cardiff(ジャネット・カーディフ、1957年生まれ)は、音響、メディア技術を駆使し、知覚、記憶、そして意識を探求する独創的なインスタレーションを手掛ける。
ヴェネチア・ビエンナーレ(2001年、カナダ館代表)やドクメンタ13(2012年、ドイツ カッセル)をはじめ、多数の国際展に参加。2017年には金沢21世紀美術館でアジア初の大規模個展が開催された。
「音のアーティスト」Janet Cardiff
カーディフの作品にいち早く着目し展覧会を開催したニューヨーク近代美術館長(MoMA)のGlenn Lowry氏は、
「インスタレーション作品やオーディオウォークは、音と声の重層性と空間表現を巧みに取り入れて、現代の「インターネット」社会におけるフィクションと現実の連続性について、独自の視点を提示している。」
と賛辞を惜しまない。(Glenn D. Lowry「Foreword」, Carolyn Christov-Bakargiev『Janet Cardiff : a survey of works including collaborations with George Bures Miller』2003)
2025年、カーディフの展覧会が原美術館 ARCをはじめとして、日本各地で開催される。
「音のアーティスト」カーディフが、その作品に「音」を重層的に取り入れる理由とは。
「音の彫刻」The Forty Part Motet (40声のモテット)
「40声のモテット(多声部合唱曲)」は、イギリスの作曲家Thomas Tallis(トーマス・タリス)による16世紀の合唱作品「Spem in alium」(スペム・イン・アリウム/ 我、汝の他に望みなし)を再構成した、40台のスピーカーから成るサウンド・インスタレーション。
2001年にNational Gallery of Canada (Ottawa, Canada) で発表されて以降、Tate Modern (London, England) などで、ほぼ毎年、世界各地で公開されているカーディフの初期の代表作。
カーディフは、ソールズベリー大聖堂の聖歌隊と協力し、聖歌隊40名の声を一人ひとり録音し、40名の各隊員の声に対応した40本のスピーカーから流し、バロック時代の合唱を再構成した。
展示会場内には、サウンド・インスタレーション作品として、楕円に配した40本のスピーカーが設置されている。コンサートであれば、観客は聖歌隊の前に座り、合唱を聴く。
しかしカーディフは、「歌い手の位置で音楽を体験してもらいたい」と考えた。(https://cardiffmiller.com/installations/the-forty-part-motet/)
40本のスピーカーを、部屋の周囲に楕円形に配置するという空間構成により、鑑賞者は、合唱中にも、自由に展示空間を移動することで、楕円の中心でコーラス全体を聴くこともできるし、各スピーカーの前で立ち止まって、それぞれの声を聴くこともできるようになる。
「タリスの作品の彫刻的な構成を実際に感じとること」ができるように、というカーディフの狙い通り、鑑賞者が声とより密接につながりながら作品と関わり合う、インタラクティブなインスタレーションだ。
The Infinity Machine 2015
メニル コレクションからビザンチン フレスコ礼拝堂のために特別に委託されたサイト・スペシフィックなインスタレーション。カーディフとパートナーのGeorge Bures Miller(ジョージ・ビュレス・ミラー)との共同制作にかかる大型のモビール・インスタレーションだ。
このインスタレーションには、150 枚以上のアンティークの鏡が吊り下げられ、その中央には「インフィニティ マシン」(これは2つの鏡を向かい合わせに配置したもので、理論的には無限の反射が連続して発生)が埋め込まれている。
この大型インスタレーションは、太陽系の録音から作られた神秘的なサウンドとともに、絶えず変化する光を発しながら回転し、12世紀のフレスコ画2点が収蔵されていた場所を、空間、時間、意識について思考する場所へと変貌させる。
Walks Alter Bahnhof Video Walk 2012
耳元で静かに語りかけるカーディフの声に導かれ公共の場所を歩く「ウォーク」シリーズ。
アルター バーンホフ ビデオ ウォークは、5年に1回開催される現代アートの国際展 ドクメンタ 13(2012年6月開催)の一環として、ドイツのカッセルにある古い鉄道駅に向けて制作された。
参加者は、開始地点のブースで、ビデオが見られるiPodとヘッドフォンを借りることができる。
iPodのスクリーンの映像は、同じ場所で事前に撮影されたものだが、その映像にさらに俳優が演じた場面や音響効果、映像効果を加え、一連の流れがつながるように編集されている。
参加者は、カーディフとミラーの指示する道順に従い、iPodでこの録画映像を見ながら歩き進むのだが、スクリーンに展開する映像と現実に目の前に展開する実像は同じであるのに、そこに見える人々やその行動は違っているため、現実(と映像)の混乱という奇妙な感覚に陥る。
Small Works
「音のアーティスト」の新作は、主にファウンドオブジェを素材に組み立てたアッサンブラージュの小さな作品群。小さくても、「聴く」「見る」といった複合的な知覚体験を伴うカーディフとミラーの作品スタイルは健在だ。
ちょっと不気味、けれどもなんだかかわいらしい人形たちがシュールな小芝居を繰り広げる《スーツケース・シアター》(Suitcase Theatre)や、偶然目に留まった科学雑誌の溺死に関する記事からインスピレーションを得たという《溺水のメカニズム》(Mechanism of Drowning)など、カーディフとミラーらしい愛らしくも、奇妙でシュールな世界が広がる。
時空を超えて、知的で精神的な旅へ誘う
音のアーティスト カーディフは、
「私は、音には聴く人を違う場所へ転送する力があると思っている。音は、私たちを現実から引き離し、別の次元へと連れて行ってくれる。・・・私にとって音は、とても特別なものだ。音は身体で感じるものだと思う。そうして私は、今私たちを取り巻くバーチャルで目に見えない世界を形にするというアイディアを楽しんでいる。確かに存在するのに、でも存在しえない世界。音は、私たちを現実から逃避させてくれる。そんな風に思うときが、私には多々ある。」と語る。
共同制作者のミラー氏も、「僕たちが音を作品に使うのは、音が理性を飛び越える様が好きだからだ。」と話す。
(ジャネット・カーディフ「カーディフ&ミラー百科事典 SOUND 音」Janet Cardiff and George Bures Miller『Janet Cardiff & George Bures Miller-Something strange this way』2017)
カーディフが時代に先駆けて新たな表現世界を切り開き、高度な音響技術を駆使し、音を重層的に巧みに取り入れ、鑑賞者を内省へと誘うような独創的なサウンド・インスタレーション。
2001年の発表以来「40声のモテット」が、今なお世界中で公開されていることから、まだ色あせないその斬新性・先進性を伺い知ることができる。
ジャネット カーディフの「40 声のモテット」は、原美術館 ARC(群馬県渋川市/会期2025年3月15 日-5月11日)で開催後、金沢21世紀美術館(石川県金沢市/2025年5月24日-9月15日)、長崎県美術館(長崎県長崎市/10月17日-11月16日)、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(香川県丸亀市/12月13 日-2026年2月15日)へと巡回が予定されている。
磯崎新が設計した原美術館ARCのギャラリーは、杉柱4本に支えられた高い天窓から自然光が降り注ぐ。今後、妹島設計の金沢21世紀美術館、隈設計の水面を望む長崎県美術館、光の陰影の美しい、谷口吉生設計の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館へと巡回。それぞれの美術館の独自の空間にあわせたサイト・スペシフィックな展示を通じ、異なる知覚体験を楽しむことができるだろう。
ギャラリー小柳(東京 銀座)の「ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー Small Works」は、2025年3月22日から6月14日まで開催。
ARTIST Info
Janet Cardiff
1957年 オンタリオ州ブリュッセルズ(カナダ)生まれ、カナダ在住。
主な展覧会
● 2025 The Factory of Shadows, Monastery of Santa Clara-a-Nova, Coimbra, Portugal
● 2022-23 Janet Cardiff & George Bures Miller, Lehmbruck Museum, Duisberg, Germany; Museum Tinguely, Basel, Switzerland
● 2017-19 Janet Cardiff & George Bures Miller, Museum of Contemporary Art, Monterrey, Mexico; Oude Kerk, Amsterdam; 21st Century Museum, Kanazawa, Japan
● 2001–02 Janet Cardiff: A Survey of Works, Including Collaborations with George Bures Miller, MoMA PS1, Long Island City, NY; Musée d’Art Contemporain de Montreal, Montreal, Canada
● 2001 49th Venice Biennale with Paradise Institute
OVERVIEW
| Janet Cardiff & George Bures Miller
| Janet Cardiff-The Forty Part Motet | HARA MUSEUM ARC | 2025.3.15 – 5.11
| Janet Cardiff & George Bures Miller-small works |Gallery Koyanagi | 2025.3.22 – 6.14