EXHIBITION Kenjiro OKAZAKI “Time Unfolding Here” 2025.06.12
「岡﨑乾二郎 而今而後 ジコンジゴ Time Unfolding Here」展示風景(東京都現代美術館、2025年) Photo: Shu Nakagawa

岡﨑乾二郎 而今而後 Time Unfolding Here

日本を代表する造形作家 岡﨑乾二郎(1955年、東京生まれ)の2021年以降の新作・近作を一堂に集めた大規模個展「Kenjiro Okazaki 而今而後 Time Unfolding Here」が、東京都現代美術館で開催(会期は7月21日まで)。展覧会のタイトル「而今而後」(ジコンジゴ)は、『論語』の一節から取ったもので、「これから先、ずっと先も」という意味。

岡﨑は、1982年パリ・ビエンナーレへの招聘以来、数多くの国際展に出品。近年では、2017年の展覧会『抽象の力―現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜』(豊田市美術館)の企画制作や、2019〜20年の大規模個展「視覚のカイソウ」(同)のほか、パリや韓国でも個展が開催され、国際的にも注目が集まっている。

「認識」と「世界」を結び直す「造形」の力
 岡﨑は、絵画や彫刻だけでなく、建築、批評、教育、絵本、ロボット開発などの分野での多元的かつ革新的な仕事で名高いが、その活動の根底に「造形」があるとのこと。それはどのようなことを意味するのだろうか。

 AI をはじめとする科学技術の革新、環境危機、政治状況の混沌など、崩壊しつつあると捉えがちな世界の現状について、岡﨑は、「世界は崩壊しているのではない。動揺しているのは私たちの認識である。」と語る。そして、「認識を作りかえることで世界の可塑性を解放し、世界との具体的な関わりを通して認識の可塑性を取り戻す。造形とは、この二つの可塑性を実践的に繋ぎなおすこと」とする。(本展プレス・リリースより)

 本個展のタイトル「而今而後」からも、その岡﨑の強い思いが伝わってくるようだ。
──なんどでも世界は再生しつづける。而今而後(これから先、ずっと先も)。

耳を押し当てその向こうの気配を探る。 ベールは柔らかな襞を作って、顔に落ち、
神秘的で触れられない何かを感じさせる。花嫁のベールほど美しいものはない、
透明で儚く脆いのは純粋だから。次の日、彼女は花嫁のベールを買いに行った。

雨が降れば夏になる。丘の頂から湖が見えた。夏はどこにいるのだろう。
見晴らしてもすべては春のまま。スミレの花びらは雨を欲して萎れ、身を窄めていた。

何週もの遅れを取り戻そうと冷たい春のあと、暑い夏が慌てて訪れる。
リネンの清らかな香りは婚礼のための白い布の束、仕上げのアイロンがけを待っている。

石畳の街に、太陽が降り注いでも石は決して花に変わらず、白壁の家が緑に覆われるわけでもない。
太陽は街のあちこちの小さな公園にただ夏の装いをさせる。
夏は公園の芝生にも自由に伸びることを許さず、いつも短く刈り揃えられていた。 2024 
photo by APT

「転回」を迎え、作家が旺盛な活動期に入った背景
 2021年以降、岡﨑は社会的な情勢と個人的経験の二つの変化のなかで、思考を位置づける時空の枠組みについて、大きな転回を迎えたと言う。(本展プレス・リリースより)

 2021年10月、脳梗塞に倒れた岡﨑は、その後リハビリを通して「脳とそして身体の繋がりの可塑性を体験」した。(岡﨑乾二郎『絵画の素―TOPICA PICTUS』2022)

 入院後、半年以上たって小さい絵画から描きはじめ、2022年から少しずつ大きな絵画の制作に取り組むようになる。以前の作品と連続性はあるが、作っている本人としては、それ以前とは「感覚が違う」(本展プレスレクチャーより)という。特に、彫刻に関しては、「拡大しても細部がどこまでも出てくる」(同)表現ができるようになり、自分でも驚いていると言う。

「岡﨑乾二郎 而今而後 ジコンジゴ Time Unfolding Here」展示風景(東京都現代美術館、2025年) Photo: Shu Nakagawa

 「転回」以降の岡﨑の新作には、絵画、造形ともに、明らかに新しい感覚が宿っているように見える。ART PREVIEW TOKYOでは新作の絵画作品に焦点を当てて、本展の絵画の魅力を探ってみた。

新作のアクリル絵画の特徴
 岡﨑の絵画の新作に見られる特徴には次のものがある。

 まず、アクリル絵画では、物理的比例関係を組み込んだ可変性のある複数のアクリルパネルを使用している。

左|Left
Clouds, like torn fragments, hang motionless above the forest.
“Is thoughtmerely a design?” The tree branches rustle with commotion,
as if suddenlyremembering something.

His eyes fixed on nothing, though directed toward the pagoda trees.
A single tone spreading through air heavy with rain. “Thus far you may come,
but no further,” declared roots.

右|Right
The flourishing trees halted devastation from coastal sand and dust.
It was tranquil. “What truly should be planted are trees.”
“Even if commanded, this mountain will surely move,” he whispered.

Though his ears were vacant, he listened for a cicada somewhere
in the garden. Silence. “I seem to have lost my way for a moment. 2024
photo by APT

 また、2005年から続く、《Zero Thumbnail》(ゼロ サムネール)シリーズは、《TOPICA PICTUS》として、さらにパワーアップしている。

《TOPICA PICTUS》展示作品より 
Weak Stem/草叢で血を流す/Creepingalong a Surface of the Armor 2021
photo by APT

 本展で発表された新作のうち“可変性のある「複数のパネル」により構築される高次の空間”と、 “《TOPICA PICTUS》” の2つに焦点をあてて紹介する。

可変性のある「複数のパネル」により構築される高次の空間
 豊穣な色彩のアクリル絵具と複数のパネルを接合した絵画は、1996年頃から制作していたが、縦長のパネルを水平に並べるものがメインであった。

 2022 年以降、この「複数のパネル」形式を使うことで、画面にあらかじめ物理的比例関係を組み込むことができ、また、制作過程において、パネル同士の隣接関係は可変的で自由に入れ替えができるようになったという。

“You don’t see far, and you don’t see clearly,” said the Moon,
“In the little petty whirl here below.” Lute strings trembled moonlight.
Gossamer threads caught starlight. Moments dissolved beneath crystal waters.
“She wept for the world’s depravity, unheard by the ears of men.”

Constellations pierced bamboo grove. Coral pendant caught lamplight.
‘There,’ she exclaimed, ‘there!’ and she knelt and kissed the purple carpet.
Evening frost kissed pale skin. Temple candles flickered worlds.
Ivory doves scattered dreams. I think she was actually weeping.
Dawn shattered like sea glass. 2024
photo by APT

 このパネル形式の絵画であれば、「外部の空間に依存せずに、絵画内に内包される空間だけでなく、その絵画自体を包みこむ空間までもがパネル間の関係だけで再帰的に組織できるという優れた特性がある。」とのこと。(岡﨑乾二郎「2022年からの仕事 絵画 Pannello e Giornata」7月発売の本展カタログ所収予定)

Amethystine colors danced in the flames as petals transformed into genuine wings.
“When darkness falls, they frolic about charmingly.”
Sleep and Death waited within those mystic cups. “Would you honor me with a dance?”
“Indeed, dancing with you would be quite marvelous.” “How fragrant!”

“Last night they were beautiful, but now every petal has wilted.”
“Flowers cannot dance.” “But indeed they can.” Butterflies―red, yellow,
white―were once flowers detached from stems.
“The breeze speaks their language, just as we have ours.”
“In summer, we shall grow again, more beautiful.” 2025 の一部
photo by APT

TOPICA PICTUS-抽象の力、造形の力
 2005年頃から制作が開始された作品《Zero Thumbnail》(ゼロ サムネイル)シリーズ(絵画としては最小の0号での作品群)は、最も作品数の多いシリーズである。
 今回の展覧会では、ゼロ サムネイルの概念を新たなステージへと押し上げた最新の《TOPICA PICTUS》の一部が展示された。

《TOPICA PICTUS》展示作品より Pinocchio/100 杯の水と一杯のミルク 2022 photo by APT

 《TOPICA PICTUS》の創作のインスピレーションの源は、中世の宗教画、近世の風俗画、近代絵画、さらには絵本や博物図譜などであると、岡﨑は自身の著作 岡﨑乾二郎『絵画の素―TOPICA PICTUS』(岩波書店、2022)で、個々の作品について、そのインスピレーションを得た作品等の源を紹介している。

《TOPICA PICTUS》展示作品より Pittura Sanza Disegno/風景のなかの聖母子/Altarpiece 2020 photo by APT

 例えば、本展にも展示されている作品「風景のなかの聖母子」は、ジョルジョーネ(イタリア、1477 /1478頃 – 1510)の《玉座の聖母子と聖リベラーレ、聖フランチェスコ(カステルフランコ祭壇画)》(1503 – 1504)と、牧野虎雄(日本、1890 – 1946)の庭に座る少女を描いた《少女》(1920)、《庭の少女(中庭)》(1921)が、インスピレーション源であるという。

 中世イタリアの教会の祭壇画に描かれた聖母子と、近代日本の画家による庭の少女を描いたペインティング-岡﨑は、まったく時空の異なる絵画から、「聖母子」や「庭」、「家庭」といった連想によって異なるイメージを重ねあわせ、それらを「絵画の素」としての抽象画を生み出した。

 小さな抽象画《TOPICA PICTUS》には、そのような作品ごとの「造形」の世界が展開されているのだ。

 岡﨑の著作『絵画の素―TOPICA PICTUS』を手にしてから鑑賞をすると、岡﨑の作品、そして「造形の力」をより深く鑑賞できるのではないか。

異なる時空、感覚を超えて経験を結びつける想起の力
 かつて岡﨑は、「この世界は決して一元的なものではなく、たがいに相容れない固有性をもったばらばらな複数の世界から成る」としたうえで、「それぞれの個性を保ったまま交通することが可能となるどこにもない場所が成り立つとき、豊かな創造性が生まれる」と語っていた。(『抽象の力―現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜』展(豊田市美術館、2017年))

 あるいは、「芸術は、その既存のシステムが機能しなくなったときに、世界そのものを組み替え作り替える可能性を持つ手段」と語っていた岡﨑。(藪前知子「予兆の連鎖 岡﨑乾二郎の芸術」7月発売の本展カタログ所収予定)

 いまのシステムが機能しなくなりつつあると考えるならば、どのように世の中へ変換していくことが出来るのだろうか。

 本個展「Kenjiro Okazaki 而今而後 Time Unfolding Here」のメッセージ:なんどでも世界は再生しつづける。而今而後(これから先、ずっと先も)。岡﨑は私たちに問いかけているのかもしれない。

展示風景 photo by APT

OVERVIEW
Kenjiro OKAZAKI “Time Unfolding Here”
Museum of Contemporary Art Tokyo | 2025.4.29 –7.21

CONTEMPORARY ART POWER from Tokyo