岡﨑乾二郎 而今而後 Time Unfolding Here
日本を代表する造形作家 岡﨑乾二郎(1955年、東京生まれ)の2021年以降の新作・近作を一堂に集めた大規模個展「Kenjiro Okazaki 而今而後 Time Unfolding Here」が、東京都現代美術館で開催(会期は7月21日まで)。展覧会のタイトル「而今而後」(ジコンジゴ)は、『論語』の一節から取ったもので、「これから先、ずっと先も」という意味。
岡﨑は、1982年パリ・ビエンナーレへの招聘以来、数多くの国際展に出品。近年では、2017年の展覧会『抽象の力―現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜』(豊田市美術館)の企画制作や、2019〜20年の大規模個展「視覚のカイソウ」(同)のほか、パリや韓国でも個展が開催され、国際的にも注目が集まっている。
「認識」と「世界」を結び直す「造形」の力
岡﨑は、絵画や彫刻だけでなく、建築、批評、教育、絵本、ロボット開発などの分野での多元的かつ革新的な仕事で名高いが、その活動の根底に「造形」があるとのこと。それはどのようなことを意味するのだろうか。
AI をはじめとする科学技術の革新、環境危機、政治状況の混沌など、崩壊しつつあると捉えがちな世界の現状について、岡﨑は、「世界は崩壊しているのではない。動揺しているのは私たちの認識である。」と語る。そして、「認識を作りかえることで世界の可塑性を解放し、世界との具体的な関わりを通して認識の可塑性を取り戻す。造形とは、この二つの可塑性を実践的に繋ぎなおすこと」とする。(本展プレス・リリースより)
本個展のタイトル「而今而後」からも、その岡﨑の強い思いが伝わってくるようだ。
──なんどでも世界は再生しつづける。而今而後(これから先、ずっと先も)。
「転回」を迎え、作家が旺盛な活動期に入った背景
2021年以降、岡﨑は社会的な情勢と個人的経験の二つの変化のなかで、思考を位置づける時空の枠組みについて、大きな転回を迎えたと言う。(本展プレス・リリースより)
2021年10月、脳梗塞に倒れた岡﨑は、その後リハビリを通して「脳とそして身体の繋がりの可塑性を体験」した。(岡﨑乾二郎『絵画の素―TOPICA PICTUS』2022)
入院後、半年以上たって小さい絵画から描きはじめ、2022年から少しずつ大きな絵画の制作に取り組むようになる。以前の作品と連続性はあるが、作っている本人としては、それ以前とは「感覚が違う」(本展プレスレクチャーより)という。特に、彫刻に関しては、「拡大しても細部がどこまでも出てくる」(同)表現ができるようになり、自分でも驚いていると言う。
「転回」以降の岡﨑の新作には、絵画、造形ともに、明らかに新しい感覚が宿っているように見える。ART PREVIEW TOKYOでは新作の絵画作品に焦点を当てて、本展の絵画の魅力を探ってみた。
新作のアクリル絵画の特徴
岡﨑の絵画の新作に見られる特徴には次のものがある。
まず、アクリル絵画では、物理的比例関係を組み込んだ可変性のある複数のアクリルパネルを使用している。
また、2005年から続く、《Zero Thumbnail》(ゼロ サムネール)シリーズは、《TOPICA PICTUS》として、さらにパワーアップしている。
本展で発表された新作のうち“可変性のある「複数のパネル」により構築される高次の空間”と、 “《TOPICA PICTUS》” の2つに焦点をあてて紹介する。
可変性のある「複数のパネル」により構築される高次の空間
豊穣な色彩のアクリル絵具と複数のパネルを接合した絵画は、1996年頃から制作していたが、縦長のパネルを水平に並べるものがメインであった。
2022 年以降、この「複数のパネル」形式を使うことで、画面にあらかじめ物理的比例関係を組み込むことができ、また、制作過程において、パネル同士の隣接関係は可変的で自由に入れ替えができるようになったという。
このパネル形式の絵画であれば、「外部の空間に依存せずに、絵画内に内包される空間だけでなく、その絵画自体を包みこむ空間までもがパネル間の関係だけで再帰的に組織できるという優れた特性がある。」とのこと。(岡﨑乾二郎「2022年からの仕事 絵画 Pannello e Giornata」7月発売の本展カタログ所収予定)
TOPICA PICTUS-抽象の力、造形の力
2005年頃から制作が開始された作品《Zero Thumbnail》(ゼロ サムネイル)シリーズ(絵画としては最小の0号での作品群)は、最も作品数の多いシリーズである。
今回の展覧会では、ゼロ サムネイルの概念を新たなステージへと押し上げた最新の《TOPICA PICTUS》の一部が展示された。
《TOPICA PICTUS》の創作のインスピレーションの源は、中世の宗教画、近世の風俗画、近代絵画、さらには絵本や博物図譜などであると、岡﨑は自身の著作 岡﨑乾二郎『絵画の素―TOPICA PICTUS』(岩波書店、2022)で、個々の作品について、そのインスピレーションを得た作品等の源を紹介している。
例えば、本展にも展示されている作品「風景のなかの聖母子」は、ジョルジョーネ(イタリア、1477 /1478頃 – 1510)の《玉座の聖母子と聖リベラーレ、聖フランチェスコ(カステルフランコ祭壇画)》(1503 – 1504)と、牧野虎雄(日本、1890 – 1946)の庭に座る少女を描いた《少女》(1920)、《庭の少女(中庭)》(1921)が、インスピレーション源であるという。
中世イタリアの教会の祭壇画に描かれた聖母子と、近代日本の画家による庭の少女を描いたペインティング-岡﨑は、まったく時空の異なる絵画から、「聖母子」や「庭」、「家庭」といった連想によって異なるイメージを重ねあわせ、それらを「絵画の素」としての抽象画を生み出した。
小さな抽象画《TOPICA PICTUS》には、そのような作品ごとの「造形」の世界が展開されているのだ。
岡﨑の著作『絵画の素―TOPICA PICTUS』を手にしてから鑑賞をすると、岡﨑の作品、そして「造形の力」をより深く鑑賞できるのではないか。
異なる時空、感覚を超えて経験を結びつける想起の力
かつて岡﨑は、「この世界は決して一元的なものではなく、たがいに相容れない固有性をもったばらばらな複数の世界から成る」としたうえで、「それぞれの個性を保ったまま交通することが可能となるどこにもない場所が成り立つとき、豊かな創造性が生まれる」と語っていた。(『抽象の力―現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜』展(豊田市美術館、2017年))
あるいは、「芸術は、その既存のシステムが機能しなくなったときに、世界そのものを組み替え作り替える可能性を持つ手段」と語っていた岡﨑。(藪前知子「予兆の連鎖 岡﨑乾二郎の芸術」7月発売の本展カタログ所収予定)
いまのシステムが機能しなくなりつつあると考えるならば、どのように世の中へ変換していくことが出来るのだろうか。
本個展「Kenjiro Okazaki 而今而後 Time Unfolding Here」のメッセージ:なんどでも世界は再生しつづける。而今而後(これから先、ずっと先も)。岡﨑は私たちに問いかけているのかもしれない。
OVERVIEW
Kenjiro OKAZAKI “Time Unfolding Here”
Museum of Contemporary Art Tokyo | 2025.4.29 –7.21