松井えり菜 “自画像”
「自画像」をテーマとした、MOTコレクション「マルチプル_セルフ・ポートレイト」展が東京都現代美術館で開催。(会期は4月2日まで)
アンディ・ウォーホル、森村泰昌、ユアサエボシなど国内外の多様な作家の自画像が展示されるなか、異彩を放つ松井えり菜の「自画像」。
APTは、2004年、多摩美術大学1年生の時、GEISAI #6で金賞を受賞し、綺羅星のごとく登場した松井に注目。
学生時代から一貫して「自画像」を描く松井は、留学、結婚、出産とライフ・ステージの変化を経て、どのように自画像を発展させてきたのか。
今回のAPTは、本展で展示中の初期から現在までの松井の作品群にスポットを当て、作家本人の説明や、担当のキュレーターのインタビューをもとにその変遷を紹介する。
2025年、松井の2つの作品(《イミテーション・サパー》と《両面曼荼羅》)を東京都現代美術館が収蔵した。
本展は、これらの新収蔵作品のお披露目の機会ともなった。

「きもかわいい」「変顔」鮮烈なデビュー
極端にデフォルメされた「変顔」の自画像で知られる松井えり菜。
2004年、GEISAI #6で金賞を受賞した《エビチリ大好き!》は、大好物のエビチリの匂いに恍惚とし、白目をむいた作家の自画像。
翌年、同作品は、カルティエ現代美術財団(パリ、フランス)の「J’en rêve(私はそれを夢みる)」展(2005年)に出展され、同作品と《宇宙☆ユニヴァース》の2作品は、同財団に収蔵されるに至る。
同財団の収蔵作品は、毎年、アート界の専門家で構成する委員会によって選出されるという狭き門。
当時、若干21歳の松井の快挙である。

コミュニケーションツールとしての「自画像」
「自画像」の可能性を追求しつづける松井。
松井にとっての「絵画」/「自画像」は、鑑賞者とつながる瞬間を構築する「コミュニケーションツール」。
《エビチリ大好き!》などに代表される「変顔」作品には、濃厚な実体験を通して、他者と笑いや感情を共有したいという思いがあふれる。
一貫して自身を描き続けているのは、「リアリティ」を感じられる世界を描くことができるからだ。
「作品の多くは日常の中での発見や笑いから着想している。」という松井。
「それを見落とさないように向き合い、丁寧に描き出すことで、GPSのように自分の中の気づきえなかった感情や理想を発見することができる。」と語る。(松井えり菜STATEMENT)
初期の作品
《わたしの小宇宙(コスモ)》や《鼻flower》は、短期留学したフィンランド(ヘルシンキ芸術デザイン大学)から帰国した直後の2007年に描かれた初期の作品だ。
自身の中に大切に築かれた理想郷としての宇宙に、感情が充満し、ほとばしる自画像のクローズアップが、緻密で卓越した筆致で描かれている。

2013年には、文化庁新進芸術家海外研修制度によってドイツへ研修(1年間派遣、クンストラーハウス・ベタニエン、ドイツ)。
その後、結婚、出産を経て、近年、新たな展開を見せる松井。
「(2007年の初期の作品以降)約20年の間に、出会いや別れ、そしてライフステージの変化など、自分を取り巻く社会や環境も変化。その変化に合わせて、私の自画像は、すごく変わってきた。」という。
(松井えり菜、内覧会時のプレス説明)
新たな展開①-「ハレ」と「ケ」
本展では、彼女の子育ての中のありふれた日常生活における発見、心動かされる瞬間や思いから着想を得た作品を軸に、「ハレ」と「ケ」をテーマに展示を構成している。

しかし、二人の子育て中に制作時間を確保することは、容易ではなかったという。
ライフステージの変化のなかでの制作活動について、松井は《アンチアルツハイマー》(2025)を前に、こう語る。
「2019年に描き始めたのですが、最近完成しました。それぐらい自分は何が描きたいのか、すごく迷ってしまいました。しかし、自分が今実感を持って描きたいと思えるものを探す嗅覚みたいなものが、若いときよりも研ぎ澄まされてる気がする。」
松井独自の研ぎ澄まされた感覚で、子育てと制作の両輪で、息つく暇もないであろう日常のリアルな瞬間を、松井特有のユーモアで包み、「自画像」の領域を広げていく。

《マダムオーバーラン》2024
松井の日常をテーマとする「ケ」の作品である、《マダムオーバーラン》(2024)。
子供がスマートフォンで捉えた視点をもとにした作品から、母親として奮闘する姿が、リアルに浮かびあがる。
見るものの想像をふくらませ、また記憶や共感を誘う。
画面は、多様な筆致と余白で、複層的に構成される。

新たな展開②
《イミテーションサパー》2023
「自画像」の新境地を切り開いた松井の意欲作。東京都現代美術館に所蔵された作品のうちのひとつ。

《イミテーションサパー》について、松井は、
「子供が遊んだおもちゃを片付けているとき、何気なく目に入ったテーブルの上に、ままごとのおもちゃが散乱した光景が、レオナルド・ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》に見えた瞬間を描いたもの。」と語る。
本作は、「彼女と子供の日々の関わりを描くことで、顔を直接描くことなく、自画像を描くという試みを行った」もの。(本展会場に設置された作家本人による作品解説資料より)
おもちゃの散乱する長いテーブルと、ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》を即座にオーバーラップさせる美術家としての松井の視点自体が「自画像」となり、白いテーブルクロスには画家の「目」がひそかに浮かび上がる。
生活の断片や視点そのものが、作家自身を形づくるものとして立ち現れる松井の「自画像」の新境地だ。
《風呂上がりのプリマヴェーラ》2025
本展のために描き上げた最新作だ。

お風呂から上がると、床一面に散乱した無数のおもちゃ。先に上がったはずの子供は、まだ服も着ず、小さな足で器用におもちゃを避けながら、踊るように進んでいる。
「ボッティチェリの《プリマヴェーラ》が着想になっていますが、私が、今生きていることの実感がわいた瞬間を描いています。」と松井は楽しそうに説明を続ける。
松井「自画像」の魅力
「近年の作品では松井さんならではの筆さばきに、余白や色面などが新たな要素として加わりつつ展開されている。様々な想像が入り込む余地を残した画面に新たな広がりを感じていただけると思います。」と、松井の新たな「自画像」の魅力を語るのは、東京都現代美術館のキュレーターの水田有子。
美術史をみても、レオナルド・ダ・ヴィンチ、レンブラント、アンディ・ウォーホル、森村泰昌など、数えきれないほど沢山の画家、美術家たちが「自画像」を描き、その領域を拡張している。
《最後の晩餐》や《プリマヴェーラ》など古典作品の構図を作品に取り入れる松井の「自画像」。
また、彼女と子供の関わりを描くということで、顔を直接描くことなく、自画像を描くというユニークなアプローチ。
「絵画はコミュニケーションツール」という松井の「自画像」は、これまでの自画像の概念を組み変えつつある。
松井の「自画像」は、今後どのような展開をみせるのか。期待をもって見守りたい。(APT text by MK)
OVERVIEW
MOT Collection 30th Anniversary Exhibit
Multiple Self-portraits
Special Feature NAKANISHI Natsuyuki IKEUCHI Akiko: Arc and Catenary
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART TOKYO | 12.25, 2025 – 4.2, 2026
ARTIST Info.
Erina MATSUI
松井 えり菜
1984 岡山県生まれ、2010年 東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻油画修了
主な展覧会
●「アストラルドリーマー」ANOMALY(東京都、2024年)
●「市原湖畔美術館子ども絵画展「市原じがぞうの国」」市原湖畔美術館(千葉県、2024年)
●「顔の惑星」鹿児島県霧島アートの森(鹿児島県、2016年)
●「Road Sweet Road」Künstlerhaus Bethanien(Germany, Berlin, 2013)