EXHIBITION “YBA & BEYOND: British Art in the 90s from the Tate Collection” 2026.03.19
「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景
(フランシス・ベーコン《1944年のトリプティク(三幅対)の第2ヴァージョン》1988 テート美術館蔵、右側にはダミアン・ハースト《後天的な回避不能》1991テート美術館蔵 )

テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート

From Bacon to BritPOP

「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展が、国立新美術館(東京都港区)で開催。(会期は5月11日まで)東京での会期後、本展は、京都市京セラ美術館へ巡回する予定。(会期は6月3日から 9月6日まで)

本展では、「Young British Artists」(YBA)と呼ばれたアーティストたちの作品に加え、同時代に英国で活動していた国際的に高く評価されるアーティストたちの作品をカバー。
約60名の作家による作品約100点を6部構成で展示。

テート美術館のGregor Muir(グレゴール・ミューア)とHelen Little(ヘレン・リトル)のキュレーションにより、1980年代後半から21世紀の英国美術の変革期における力強い物語が広がる。

「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景
「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景

テート美術館は、英国の国立美術館。「Tate」(テート)の傘下には、4つの美術館(ブリテン、モダン、リバプール、セント・アイヴス)がある。テート・モダンはそのうちの一つで、近現代美術を専門として2000年に開館。

開館初年度には想定を大幅に超える約525万人がテート・モダンに来場。そのうち50%が、35歳未満、約260万人以上の若者であった。(https://www.tate.org.uk/press/press-releases/tate-modern-most-popular-modern-art-museum-world)

テート・モダンがこれだけの多くの若者を惹きつけた背景として、1990年代のロンドンのアート・シーンで旋風を巻き起こした「YBA」の存在を抜きに語ることができない。

YBAは、なぜ多くの若者を惹きつけたのか。

今回のAPTでは、キュレーターのコメントを踏まえ、本展のねらい【vol. 1】と「YBA」の革新性とその時代背景【vol. 2】を読み解いたうえで、本展のなかでも、1990年代の英国美術シーンを席巻したYBAと密接な関係にあるターナー賞を受賞と同賞のノミネート作品【vol. 3】を中心に紹介する。

【vol. 1】YBAの背景と本展のねらい (click here for vol. 1 )
【vol. 2】YBAの時代の流れ (click here for vol. 2 )
【vol. 3】作品紹介 (click here for vol. 3)
【vol. 4】時代を包括的に批評的に鑑賞する意義 (click here for vol. 4)

【vol. 1】YBAの背景と本展のねらい
サッチャー政権時代(1979-90年)、失業率が悪化するなど緊張感漂う英国社会において、ダミアン・ハーストやトレイシー・エミンなどの数々の若手の英国アーティストたちが1980年代後半以後に登場。
当時の美術界の枠組みを問う作品の制作や発表において、実験的な試みをする動きが1990年代前後から広がっていった。

これまで、テート美術館では、1990年代という時代を、個々のアーティストの視点から考察。

これに対し、本展では、この時代をより包括的に探求し、その物語を英国国外で展示することで、
「1990年代の英国の現代アートを振り返り、より批判的な距離を持って『ヤング・ブリティッシュ』というレッテルが何を意味するのかが考えられるのではないか」とHelen Little(ヘレン・リトル)はその意図を語る。

&BEYOBDの趣旨
本展は、1990年代前後(1980年代後半から2000年代初頭)に制作された英国の現代美術に焦点を当てているが、YBAの作品だけでなく、1990年代の重要な英国美術の一角を担うその他のアーティストの作品も展示し、1990年代の英国現代美術を包括的に検証する展示構成となっている。

YBA以外のアーティストを加えたことについて、ヘレン・リトルは、
「YBAは強力なブランド・ネームとして隆盛を誇った一方で、このムーブメントの支配によって、同様に豊かで影響力のある他の多くの英国美術の物語が排除されてしまった可能性は否定できない。」とし、
英国現代美術を包括的に検証するうえで、
「YBA現象の意義と重要性を超えて、他のアーティストの作品も展示することが不可欠だった。」とリトルは続ける。(プレス内覧会時のヘレン・リトルの解説より)

「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景
「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景

【vol.2】YBAの時代の流れ
1980年代後半|YBA伝説のはじまり
1988年8月、ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジで学んでいたダミアン・ハーストは、ロンドン東部の倉庫街で学生や卒業生の作品を発表する展覧会「フリーズ」展を企画。
ハーストや同世代の作家たちは、全く新しい視点で素材を選び、制作し、発表の機会を積極的に開拓。

当時のハーストたち若手アーティストの活動について、リトルは、
「これまでロンドンの商業アートシーンは非常に保守的で、裕福で、変化を拒んでいた。不況で多くのスペースが閉鎖された時、自らの手で問題を解決しようと決意したのは、ダミアン・ハーストのようなアーティストたちだった。
体制側の承認を待つのではなく、ハーストのようなアーティストたちは、ロンドンの廃墟となった倉庫や工場で自らの展覧会を開催することで、大胆にルールを変えた。」と語る。

マーガレット・サッチャー率いる保守党政権下で失業率の高さやHIV(エイズ)の流行が重くのしかかる英国で、
新しい才能の胎動がはじまった。

1990年代前半|新世代の台頭
YBAの革新性1|「The Shark」にみる挑発的な意思
ハーストの初期の代表作『生者の心における死の物理的不可能性』(原題:The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living)(1991年)

巨大な水槽のなかにホルムアルデヒドで保存された巨大なイタチザメを浮かべた「ザ・シャーク」とよばれる作品。生と死をテーマにしたこの作品は、当時の美術界に衝撃を与える。

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ハーストや同世代の作家たちは、動物の死骸、ポルノグラフィ、そして日用品や拾い物を使用するなど、全く新しい視点で素材を選び、革新的な作品を制作。1980年代から90年代にかけての保守的な社会と美術界に、挑発的な作品を発表していった。

1992年に『アート・フォーラム』誌上で美術史家のマイケル・コリスが彼らを「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)」と呼んだのに端を発し、サーチ・ギャラリーで開催された同名の展覧会が開催されたことにより、YBAという言葉は一般に広がる。

YBAのアーティストたちの革新的な活動によって、「YBA」の名は不動のものとなり、英国のアートシーンは世界的な注目を集める。

YBAの革新性2|戦略的な起業家スピリット
YBAのもう一つの重要な側面は、起業家精神あふれるアプローチ。

展示の機会や評価を待つのではなく、学生が作品を企画展示から展覧会カタログを制作まで自発的に活動し、アーティスト自ら画商やコレクターに売り込むという、画期的なアプローチ。

この「フリーズ」展がきっかけで、自身のギャラリーを持つコレクターのチャールズ・サーチは、YBAの作品を次々と自身のコレクションに収蔵。1997年開催された展覧会「センセーション――サーチ・コレクションの若きイギリスの作家たち」(ロイヤル・アカデミー(ロンドン))の大成功へとつながる。

1990年代後半|Cool Britania
当時のイギリスは、UKカルチャーが溢れた黄金期。

「Britpop(ブリットポップ)」(音楽)、「YBA」(美術)、ジョン・ガリアーノやアレキサンダー・マックイーン(ファッション)などカルチャー・ムーヴメントは、若者たちに熱狂的に迎えられた。

1990年代半ばごろから、「YBA」は、労働党のトニー・ブレア政権下のイギリス文化を世界にプロモートする
「クール・ブリタニア」政策とも連動して、イギリス現代美術界を牽引するだけでなく、グローバルにも発信。
「YBA」は、グローバルでも強力なブランドとして認知されていく。

これらのUKカルチャー・ムーブメントや「YBA」のサクセス・ストーリーを追い風に、2000年にテート・モダンは開館。革新的な当時の英国の現代美術に、多くの若者は熱狂した。

「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景
「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景

YBAに影響を与えた巨匠フランシス・ベーコンからスタート
「本展のハイライトは、フランシス・ベーコンから始まるという点にある」
と語るのは、キュレーターのヘレン・リトル。
英国美術界の巨匠フランシス・ベーコン(1909-1992)からはじまる本展では、同じ空間にYBAを代表するアーティスト、ダミアン・ハーストの作品が展示されている。

「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景
「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景
(フランシス・ベーコン《1944年のトリプティク(三幅対)の第2ヴァージョン》1988 テート美術館蔵)

この巨匠の作品からはじまることに関して、リトルは次のように語る。
「ベーコンは、近代英国美術の巨匠であり、芸術と人生の複雑さに向き合う若いアーティストたちに多大な影響を与えた。これはベーコンの遺作の一つで、彼が生きた激動の時代、つまり人間の姿がしばしば恐怖と暴力に満ちた状態で描かれることへの反応として制作。この絵画は90年代初頭のイギリスがいかに流動的であったかを物語るだけでなく、当時学生だったダミアン・ハーストにも衝撃を与えた。」

英国現代美術の新時代を牽引:ダミアン・ハースト(1995年ターナー賞受賞)
1990年代に動物や魚をホルマリン漬けにした〈自然史 Natural History〉シリーズなど、直接的な表現で生死を想起させる作品を発表。サーチ・ギャラリーでハーストの「The Shark」が初公開されたときには、社会現象になった。

「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景 
(ダミアン・ハースト《後天的な回避不能》1991 テート美術館蔵)
「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景
(ダミアン・ハースト《後天的な回避不能》1991 テート美術館蔵)

スチール製の枠組みの個室のようなガラスケースのなかに、テーブル、椅子、煙草の箱、灰皿などの日常のオブジェクトを置くことにより、決して逃れることのできない空間へと閉じ込められた人間の不在を示した。人間の存在のジレンマ、命のはかなさ、死と向き合うことに対する社会の消極的な姿勢について語りかける。

パーソナルな経験を作品に:トレイシー・エミン(1999年ターナー賞ノミネート)
トレイシー・エミンもYBAのスター・アーティストの一人。
直接的でスキャンダラスな作風で知られ、視覚的インパクトが強い作品が多い。
作家自身のパーソナルな経験を作品にさらけだし、作品として昇華、創作する現代美術の表現手法の先駆者の一人。

1999年、「My Bed」(自らが数日間過ごしたベッドの痕跡を全て展示した)でターナー賞の候補に。2007年、第52回ヴェネチア・ビエンナーレにおいてイギリス館代表アーティスト。

本展には、他にも映像作品《Why I Never Became A Dancer》の展示も。

トレイシー・エミン《モニュメント・バレー(壮大なスケール)》1995-97年、テート美術館蔵 Photo: Tate © Tracey Emin
トレイシー・エミン《モニュメント・バレー(壮大なスケール)》1995-97年、テート美術館蔵 Photo: Tate © Tracey Emin

アートと商業写真の境界を超える:ヴォルフガング・ティルマンス(2000年ターナー賞受賞)
1990年代前半『i-D』などのファッション・カルチャー誌に発表した写真で注目を浴びたティルマンス。
ありふれた情景をスナップ的に切り取ったような作品からは、日常のうつろいやすい美や何気ないユーモアが表出。
一見無造作に見えるが、緻密に計画されて撮影される。

《木に座るルッツとアレックス》は親しい友人を写したもの。《座るケイト》のように有名人を撮った作品も。

「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景 
(左の作品、ヴォルフガング・ティルマンス《木に座るルッツとアレックス》1992年、テート美術館蔵)
「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景
(左の作品、ヴォルフガング・ティルマンス《木に座るルッツとアレックス》1992年、テート美術館蔵)

英国の階級制度などを皮肉る:マーク・ウォリンジャ―(2007年ターナー賞受賞)
ウォリンジャ―は、英国社会の伝統と価値観、階級制度などの社会的テーマを、シニカルかつユーモラスな作品を制作。

「半兄弟」とは、同じ母親をもつ馬のみを意味する競馬用語。1990年代前半には、競馬をモチーフにして、馬の血統を階級制度や王室などのメタファーとして用いた作品を多く制作。私たちが日ごろから何気なく見聞きすることが必ずしも真実だとは限らないことを暗示する。

マーク・ウォーリンジャ―《半兄弟の競走馬(イグジットトゥノーウェアとマキャベリアン)》1994-95年(部分)、テート美術館蔵 と作品の前でプレス向けの解説をするテート・モダンのキュレーター Helen Little photo by APT
マーク・ウォーリンジャ―《半兄弟の競走馬(イグジットトゥノーウェアとマキャベリアン)》1994-95年(部分)、テート美術館蔵 と作品の前でプレス向けの解説をするテート・モダンのキュレーター Helen Little photo by APT

ダミアン・ハーストや若きYBAを指導:マイケル・クレイグ=マーティン
知覚・表象・そして物体とその意味との関係を探求するマイケル・クレイグ=マーティン。

彼の作品は、見慣れた物を別の角度から見るように、私たちに促す。絵画技法よりも、アイディアを重要視するクレイグ・マーティン。ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジで教鞭をとり、1990年代の英国の若きアーティストたちに多大な影響を及ぼした。

「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景
左側の作品、マイケル・クレイグ=マーティン《知ること》1996年、テート美術館蔵
「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景
左側の作品、マイケル・クレイグ=マーティン《知ること》1996年、テート美術館蔵

スポットライト:1990年代をリアルに体感できる映像作品
本展では、約60名の作家による約100点の作品が6つのテーマに分かれて展示されているが、各テーマの作品群の間には「スポットライト」として、90年代に台頭したビデオ・アートの作品などが展示されている。

ブラック・オーディオ・フィルム・コレクティヴは、映像と美術で英国の黒人の視点を表現するグループ。

サッチャー政権下のイギリスにおけるアフリカ系英国人の体験から制作された作品からは、映画や映像がいかに社会批評と文化的表現のひとつとして機能していたかがわかる。

「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景 スポットライトより
「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景
スポットライト ブラック・オーディオ・フィルム・コレクティヴ《ハンズワースの歌》より

vol.4時代を包括的に批評的に鑑賞する意義
1990年代の英国現代美術を包括的に網羅した本展から、1990年代の英国現代美術の革新性―当時の若いアーティストたちのみなぎる活力や、パンクな精神が、いかに美術界で変革を起こしたのか―が伝わってくる。

しかし、これらの本展のような包括的な展覧会では、個々の作品を超えたテーマに注目するのはどうだろうか。

本展では「YBA&BEYOND」、すなわちYBAだけでなく、他の作品群にも光を当てて、1990年代の英国現代美術を広く捉えたうえで、「90s 英国アート」が世界にどのように影響したか。
その歴史的意義を考察すことのできる貴重な機会として、本展を楽しむことができるのではないか。
(Text by MK, APT)

「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景(第4章 現代医学)
「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景(第4章 現代医学)

OVERVIEW
YBA & BEYOND British Art in the 90s from the Tate Collection
The National Art Center, Tokyo | 2026.2.11 ― 5.11
Kyoto City KYOCERA Museum of Art | 2026.6.3 ― 9.6

CONTEMPORARY ART POWER from Tokyo